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斎藤さんの好物


まだ壬生浪と呼ばれていた頃、隊士の数も少なく、皆で持ち回りで食事の用意をした。

その日俺は夕食の当番だった。
七つ半、初夏の空はまだ明るい。
そこへなまえがやって来た。



なまえの家は豆腐屋を営んでいる。

「斎藤さん、お豆腐持って来ましたよ」

時々彼女が豆腐を届けてくれる。

「ああ、あんたか」

何となく今日辺り来るのではと思っていた。
が、わざと素っ気なく答える。



江戸の豆腐は縄で括って売られる程にしっかりと固い。
ところが此処、京の豆腐は水に浸けて置かねば崩れてしまいそうな程、ふわりと軟らかい。

「これは旨いな」

初めてこの豆腐を口にした時、俺の賞賛の言葉になまえが破顔した。

「ほんとですか!これは、絹濾し豆腐って言うんです。気に入って頂けたなら時々、持ってきます」

そして、時々通ってくるようになった。



「なまえちゃん来てたんだ。あれ?僕はお邪魔かなぁ」

同じ当番の総司が遅れて顔を出す。

「そっ総司っ、なっ、なにを言っている!」
「あら、総司さん、こんにちは。うーん、少し邪魔かな?」
「やだなぁ、なまえちゃん、僕だって傷ついちゃうんだよ?」
「ふふっ、冗談ですよ。ね、斎藤さん、」
「…………」
「斎藤さん?」
「一君、顔が真っ赤だけど」

なまえの冗談を真に受けて、顔に上った熱をどうしてよいかわからない。

「こ、これはっ!暑いのだっ、もっ、もう夏だな」

俺は動揺して、外に続く引戸をガラリと開けた。



「ほんとに暑くなってきましたね。今日は冷奴の方がいいですか?」
「え?僕は揚げ出し豆腐がいいな」
「いや、豆腐は冷奴に限る」
「冷奴ってさ、なんか、芸がないじゃない」
「食事に芸など必要ない。豆腐の一番旨い食べ方だ。幸い葱もある」
「葱かぁ。僕苦手なんだよね」

俺達のやり取りを余所に、なまえが黙々と手を動かし始める。
冷たい水を張った箱から豆腐を取り出すと、手早く切って皿に盛り付けていく。

「我が儘を言うな」
「ずるいな、一君は。なまえちゃんの好意をいいことに」
「な、何を……、俺たちはべ、別に、そのような関係では……」
「なに狼狽えてるのさ。好意って言っただけで、特別な関係なんて言ってないのに」
「…………!」

耐えられず、俺は勝手場を出た。



「ああ、行っちゃった」
「総司さん、やめてくださいよ。斎藤さんが、可哀想……」
「あはは。からかい過ぎちゃったかな」

なまえもほんのり頬を染める。

え……、なまえちゃんもなの? ふーん、何となく面白くない

「なまえちゃんは豆腐屋なのに、冷奴しか作れないの?」
「そんな事ありません。斎藤さんがお豆腐好きだから、色々な料理覚えました」
「揚げ出し豆腐は?」
「もちろん作れますよ。昨日練習して……」

ハッと手を口に当てる。

へえ、ますます、面白くない

なまえが泣きそうな顔で総司を見上げる。



俺は外の風に当たりながら、煮えた頭を冷やしていた。
彼女がいると、どうも調子が狂ってしまう。
明るい笑顔、朗らかな笑い声。
懐いてくれるのが、嬉しい。
今日とて、来るのではないか、と密かに期待していた。
待っていたのは豆腐ではなく、なまえ本人なのだ。

この気持ちは……。


食事が始まり、なまえがそっと俺の隣に座る。

「先程はその、すまなかった」
「いいえ、そんなこと。それより斎藤さん、お豆腐如何ですか」
「ああ、やはり旨い」
「そんなに冷奴が好きですか?」
「ああ、大豆の味がしっかりするこの豆腐は、特に冷奴に向いているな」
「揚げ出し豆腐はお嫌いなんですか?」
「ん?何故、そのようなことを?」
「…………」
「なまえ?どうした?」
「……私、昨日、家で母に豆腐料理習ったんです」
「それは」
「色々な美味しい豆腐料理を、斎藤さんに食べて欲しくて」
「俺の為に、か?」
「揚げ出し豆腐とかあん豆腐とか……でも、斎藤さんがお嫌いなら」
「い、いや、嫌いなどではない」
「ほんとですか」
「ああ、あんたが俺の為に……そうか。あんたが作ってくれたものなら何でも旨いだろう」

なまえがパッと頬を染め破顔する。
その愛らしさに、俺も赤く染まった頬を緩めた。



***



「ねえ、土方さん。あそこのあのにやけた人が、無敵の剣客なの?」
「知らねえよ。寄って来るな、暑苦しい」
「ああいうの、150年後の日ノ本では“馬鹿っぷる”って言うんですよ」
「いいから、葱も食え」

斎藤一、20歳の初夏。



2013.03.19




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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