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こんな恋の始まり


大量の花を種類別に水揚げし、バケツに生け店頭へ出す。
花に話し掛けながら丁寧に切り戻しを行う。
最近この時間に密かな楽しみが加わった。

毎朝8時半、判で押したように決まって彼が店の前を通る。
濃い色のスーツに品のいいネクタイを締め、スッと背筋を伸ばし歩く姿が美しい。
少し長めの前髪を揺らす横顔が端整だ。
彼はいつも少しだけ歩調を緩め、店頭の花を見ていく。

花が好きなのかな?

いらっしゃいませ、と言いたいが気恥ずかしい。
言葉を交わした事さえないけれど、そっと見ているだけで彼が立ち去った後も幸せな気分に包まれた。



金曜夜、間もなく勤務が終わる頃、彼がふいに店に入ってきた。

「いっ、いらっしゃいませっ!」

こんな時間に会うのは初めてだ。
不自然に上擦った声を出したなまえに彼は一瞬目を丸くし、ふっと微笑んだ。

「その、花束を一つ頼みたい」
「お花は何にしましょうか」
「種類があり過ぎて解らぬ。任せる」
「贈り物ですか」
「ああ」

彼が薄っすらと頬を染めた。
つきん、と胸が傷んだ。

素敵な人だもん。彼女くらいいるよね。

営業用の笑顔を顔に張り付けて内心の動揺を抑える。

「贈る方の好みが解るといいんですけど」
「解らぬのだ。あんたの好みで頼む」
「そうですね。チューリップやスイートピー、ラナンキュラスなど如何ですか。デルフィニウム、金魚草など添えても可愛いですよ」
「あんたはどれが好きなのだ?」
「私は赤いラナンキュラスが好きです」
「そうか。ではそれを頼む」

ミモザなどをあしらって丁寧にブーケを作ると、彼は嬉しそうにそれを眺めた。

「ありがとうございました……」

お代を受け取り泣きそうになる顔を隠す為に深く頭を下げる。
暫くして顔を上げると彼はまだそこにいた。
なまえをじっと見つめている。

「あの?」

彼の顔がさっきよりも赤くなっている。

「と、唐突で不審に思うかも知れぬが怪しい者ではない。お、俺は斎藤一と言う!」
「は?」
「よかったら、その……、この花を受け取って貰えないだろうか?」



零れた涙は全く違う意味のものに変わっていた。
恋の始まり。



***



「毎朝あんたの姿を見る為店の前を通った」
「え?私も毎日見てたんですよ」
「それは、全く気づかなかった……」



end




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MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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