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 you do realize


左之に背を押され俺となまえは店の中に足を踏み入れた。

「まあまあ、取り敢えず座れよ。新八、グラスグラス!」
「おう!」

数年ぶりに顔を合わせたとは言え同じ釜の飯を食った仲間の気安さからか、堅苦しい挨拶など交わすこともなく俺は空いた席に座らされ、皆になまえを紹介するどころではなかった。
どういうわけか俺の隣には総司がニコニコと張り付いている。苦い思い出の中に確かな存在感を残していた総司は、当時と変わらぬ真意の読めない笑顔で「最近はどうなの?」と問うてきた。
高校在学時の剣道部の先輩である新八からの電話ではいつものメンバーで新年会をしているとの事だったが、数年前まで参加していたこの会合にマネージャーをしていた雪村は来ていなかったと記憶している。雪村は当時なまえとそれほど懇意な関係であっただろうか、やけに親しげになまえを自分の隣の席へと誘った。
カウンター席でなまえとの間に左之と平助を挟む形になったが、俺の意識は彼女から離せずにいる。新八は昔と変わらぬ邪気のない笑顔で「まずはビールにするか? 今日はとっときの酒もあるぜ」と俺の前にグラスを置き、総司は身体ごと此方に向き頬に満面の笑みを浮かべた。

「どうして今日は幼馴染みがお揃いで現れたわけ?」
「そうだぜ、斎藤。いつもいつも忙しぶりやがって、あんな可愛い彼女作る暇だけはあったのかよぉ」
「…………、」
「ちょっと、新八さんは黙っててよ。ねえ一君、どうして? なまえちゃんと幼馴染み同士で旧交でも温めてたわけ?」

順序が逆だ。二人揃って来たくて此処へ来たわけではないのだ。今日をなまえと二人で過ごし、俺の想いを全て伝えるつもりで彼女といたのだ。その筈だったのが有無を言わせぬ急な呼び出しによって此処に来る羽目になっただけだ。
この総司と同じく先刻から雪村も無暗に“幼馴染み”と繰り返しているが、ただの幼馴染みを返上する為に。
だが過去の経緯を思い合わせれば俺には、総司に対しそのような説明をする言葉の持ち合わせがない。
なまえを見遣れば、左之と平助がいつもの調子で頻りに話しかけている。平助がかいがいしく腕を伸ばしなまえのグラスにビールを注ぐが、彼女の横顔は困惑気である。
この調子では今日はもうなまえと二人で話す事など出来ぬだろう。自分で決めておきながら此処へ連れてきたのは失敗だったと後悔し、なるべく早めに引き上げようと考え始めた時、ふいに雪村の科白が耳に飛び込んできた。

「みょうじ先輩には私、本当に感謝していたんですよ」
「え?」
「高校の頃、斎藤先輩と私の恋をいつも応援してくれて」

何を言い出すのだ? 雪村と恋をした記憶など俺には全くない。一度だけ手編みのセーターを家まで届けてくれたことがあったように思うが、俺には好きな女性がいる故申し訳ないと受け取ることを丁重に辞退した筈だ。
ガタッと音を立てて席を立ちかけ、肩を掴まれて思わず顔を顰めたが、総司は気に留めた風もない。

「ちょっと一君、僕の質問に答えてよ」
「…………、」

不承不承座り直しながらも、理解不能な雪村の言葉に意識を取られたまま。
応援とは一体何だ? あの頃、なまえが俺と雪村との間を取り持とうとしていたということなのか?

「私、斎藤先輩の好きな藍色のセーターを編んだんですよ。せっかくみょうじ先輩がアドバイスしてくれたのに、結局フラれちゃいましたけど」
「……藍色?」
「はい」

声を低めた雪村の瞳はまるで天気の話でもするかのようにのんびりと笑っていた。しかし伺い見るなまえの横顔ははっきりと蒼白になったように見えた。
一見和やかに見える、新年会と称したこの会合の意図が全く読めない。





弧を描く千鶴ちゃんのピンク色の唇を見つめながら私は混乱していた。
藍色のセーターってどういうことなんだろう。

「斎藤先輩の好きな色は藍色だって、みょうじ先輩が教えてくれたから」

嘘だ、そんな事は言っていない。私はピンク色って言った筈。だって私は彼女を騙したんだから。
その時、私の右に二人置いて座っていた一がふいに席を立った。スマフォを手にしている。

「仕事の電話だ」

短く言い残し、気遣わしげにちらりと私に視線を寄越してから、彼が店を出て行く。





電話は保守の為に出社している者からで、内容は保守要件が発生した為に対応をしたという連絡だった。今朝の夢は正夢だったのかと俺の中で一刻緊張が走る。この案件は昨年末のうちに既にカットオーバーをしているが、未だフル稼働には至っておらず段階的に稼働させている状態である。SEを生業にしている以上こういったことは日常茶飯事だ。
明日に一つテストを控えているが直ぐに赴く旨を伝えれば、一先ずその必要はないとの返答だった。しかしこの連絡を切っ掛けに俺はもう新八の店を出る気になっていた。
なまえの先程の顔色も気になる上、俺も明日は早めに出勤せねばならない。だから何としても今日の内になまえと二人きりで話をしたい。
そう考えながら白木の戸に手をかけると、それは大きな音を立てて中から開かれた。出てきたのはなまえだ。

「どうした?」
「ごめん、一。先に帰るね、」
「なまえ……!」

素早く脇をすり抜けたなまえが心許ない背を見せ薄暗い路地に飛び出して行き、訳も分からずに追おうとする俺の二の腕が強い力で掴まれた。

「君たちを見ているとイライラする」
「総司、離せ、」
「どうして一君はそうなの? あの頃から何回チャンスを棒に振ってきたのさ」
「意味が解らん。なまえに何を言ったのだ?」

全身がわなわなと震えた。俺の腕をギリと掴んで薄笑いを浮かべる総司を睨み付ける。その傍らに雪村が立っていた。

「雪村、答えろ。なまえに何を言った?」
「先輩もみょうじ先輩も相手がどう思うかばかりを気にし過ぎです。大事なのは自分がどう思ってるかじゃないんですか? 伝えなきゃ何も始まらないんじゃないですか? だから、私は今でも斎藤先輩が好きって言ったんです」
「うん。僕もね、今もなまえちゃんを好きだって言ったよ」
「離せ、総司!」

俺は渾身の力で腕を振り解き、なまえの後を追って走り出した。





「すげえ剣幕だったなぁ。あんなに熱くなってる一君、俺初めて見たぜ」
「だな。試合の時でも無表情でバタバタ敵を倒してたあいつがな。まあ総司も千鶴もお疲れさん。座って呑み直そうぜ」
「なんだなんだ? 何の話をしてるんだ?」
「だから新八さんはいいってば。一君て中身なんにも変ってないよね。今でも恋愛に関しては中学生以下。ほんとじれったい」
「うまくいくといいですね。斎藤先輩がみょうじ先輩に一言言えば済むことなんですよね、私達みたいに」
「うん。でも僕達みたいにはいかないね、あの二人は。千鶴、隣にくれば」
「なんだよお前ら、惚気るつもりかよ? でもさぁ、あの二人に告白大会みたいなことしちゃって、かえって誤解させるんじゃねえ? これで一君たちが拗れたら総司の所為だかんな」
「うるさいよ、平助。これはショック療法みたいなものだよ? 僕がなまえちゃんを好きなのは嘘じゃないし」
「私達フラれた者同士ですから。ちょっとだけ意趣返しです。本当にお互い好きならこんなこと何でもないでしょう? ふふっ」
「千鶴は可愛い顔して結構言うねえ。しかしよ、発破かけてやったって事に気づくのか、あの斎藤が? ……と、おっと、電話だ」
「左之さん、誰?」
「かつての俺のマドンナだ」

含み笑いを漏らしながら左之が取り出したスマフォの画面には“相馬緋紗子”の文字が浮かんでいた。





なまえの姿を捜し必死で走った。気ばかりが焦るがその姿はどこにも見えない。
高校時代に総司がなまえに好意を持っていたことも、雪村が俺に想いを寄せていてくれたことも知っていた。どうやらなまえは雪村に相談を持ち掛けられていたという事なのだろう。
だが俺は肝心のなまえの気持ちを何一つ知らず、己の想いを告げることは一度もしていない。彼女は誤解をしているのだろうか。あの頃も、そして今も。
“新年会”に何故わざわざ呼び出されたのか、この展開がどういう訳なのかは全く理解出来なかったが、確かに解ったことがある。総司と雪村の言葉が頭の中を駆け巡っていた。

“あの頃から何回チャンスを棒に振ってきたのさ”

“相手がどう思うかばかりを気にし過ぎです。大事なのは自分がどう思ってるかじゃないんですか?”

全く彼らの言う通りだ。二人で詣でた神社で、スマフォの着信に遮られ言いかけて飲み込んでしまった言葉。だが後からでも言おうと思えばいくらでも言えた筈だった。
一度だけ触れたなまえの唇の感触と、張られた頬の痛みを忘れられなかった。あの時の痛みは頬ではなく心で感じたのだ。俺が今の今までずっと恐れていたのはなまえの拒絶だった。恐れるあまり臆病になっていた。己の弱さに今更ながら歯噛みをしたくなる。
あれ以来何年もの間心の底に眠らせてきたなまえへの想いは、だが此処へ来てもう止められそうもない。
大切なのは己の気持ちだと雪村は言った。なまえが雪村や総司に何を言われたかは知らないが、不器用な俺なりに本心を全て伝えたいと、今はそれだけを考えて走った。
結局彼女を見つけられず家の前まで戻ってみれば、見上げるみょうじ家の二階のなまえの部屋には灯りが燈っていた。僅かに安堵し迷わずにインターフォンを押すと、出てきたおばさんが困った顔をする。

「あらどうしたの、一君? なまえと一緒だったのよね?」
「途中ではぐれてしまって。すみません、なまえを呼んでもらえますか」
「何だか具合が悪いとかで今夜はもう寝てしまったみたいなの。ごめんなさいね。明日じゃ駄目かしら」
「……明日では、」
「ねえ、一君。もしかしてなまえと喧嘩でもした?」

絶句しかけてから、いいえと曖昧に笑って俺は引き下がるしかなかった。明日は朝が早い。いくら隣家とはいえ早朝から押しかけるわけには行かないだろう。俺は頭を抱えたいような心持ちでみょうじ家を辞し、重い足を引き摺って自宅の玄関を入った。
喧しい足音を立ててすぐに緋紗子が出てくる。その後ろから義兄もついてきた。

「ねえ、一、どうだったの?」
「何がだ」
「ちょっと、話を聞かせなさいよ」
「煩い」
「思ったより帰りが早かったんだね。一君、飯は?」
「明日、朝早いので」

義兄にもそれだけを言って俺は力なく階段を上がる。何か二人揃って肩を落としたようにも見えたが、俺にはそんなことに忖度している気持ちの余裕はない。

「何よ、あの態度。全く面倒な男!」
「仕方ないよ。そこが一君のいいところだよ」
「どこがよ。ほんと困った弟よ。いつもあんなだからあの子は……、」

部屋に入るまで階下から聞こえていた姉夫婦の会話の意味は、全く持って不明だが不快感が増した。





着替えもせずお化粧も落とさずにベッドに仰向けになって天井を眺めていた。
久し振りに一と過ごした時間はとても幸せだったのに、あの居酒屋で私は現実に戻された。
藍色なんて。
千鶴ちゃんが思い違いをしている筈はない。
彼女の言葉に衝撃を受けた私は、自分が嘘つきだと言う事を改めて思い知らされた気がした。目の当たりに突き付けられて居たたまれず、舞い上がっていた気持ちは急速に萎んだ。
私は一を好き。その気持ちはもう誤魔化しようがない。
大晦日に再会した時、何となく彼も同じ気持ちでいてくれているような気がした。だけどそれは単なる思い上がりだったみたい。独りで浮かれていたことが恥ずかしい。
私は大きくため息をついて身体を起こした。
年末年始休暇の為に実家に帰るには大き過ぎるスーツケースを見遣る。中には洋服が詰まっていた。
私ね、一。馬鹿みたいなんだけれどね、これまで何年も毎年こうして帰ってくる度にいつも、母が毎回呆れるほど沢山の洋服を持って帰って来ていたの。今日みたいなことが起こるかもしれないって、毎年ほんの微かな期待をして、もしも一と会えることがあったら、少しでも素敵な私でいたいと無意識に考えていたんだ、多分。
本当に馬鹿みたいだよね。
好きって言ってしまえたらどんなにラクかと思ったこともあるの。だけど、やっぱり怖かった。お隣同士で気まずくなるなんて、それだけは避けたかったから。
結局は私達、幼馴染みの枠を飛び超えることなんて出来なかった。一は今日一緒にいた間、何も言ってはくれなかった。もう、いい加減に一から卒業しなきゃいけないね。
思いがけずに眼からポロリと雫が落ちる。やだ私、何を泣いているんだろう。フラれたわけじゃないよ?だってなんにも、始まってさえいないんだもの。
誰も見ていないのにエヘヘと照れ笑いをした私は、お気に入りの服の袖でゴシゴシと涙を拭った。
ベッドを降りてのろのろとスーツケースを開く。ハンガーに掛けてあった服を外し、なるべく小さく畳んでギュウギュウと詰め始める。実家には土曜日まで滞在するつもりだったのだけれど、予定を変更して明日自宅に帰ることに今決めた。何だかここに居るのがもう辛くなってきてしまった。





会社に着いてすぐに俺個人のスマフォにメールが入ったようだが、業務中は携帯電話の類を身近には置けない。俺は朝一から開発室に詰めている。今日は顧客の動作環境での受け入れテストであったが、要件定義レベルが満たされているとの確認が取れ俺の担当分は滞りなく終了した。当番制で保守に残る者はいるが俺は本日の業務から思いの外早く解放される事になった。
地下鉄の階段を下りながら真っ直ぐになまえの家へ向かおうと考えていたが、ふと思い出し内ポケットからスマフォを取り出す。受信ボックスの一番上にあった姉の名に瞬時うんざりしかけるが仕方なく開いた。目に飛び込む字面に驚いて二度読み返す。

“あんたみたいな馬鹿は放っておこうと思ったけど、姉として忍びないから教えとくわ。なまえちゃんも可哀想だし。
彼女は今朝帰ったわよ。あんたのことだからどうせ連絡先も聞けてないんでしょう。
今度こそ気持ちを伝えなさいよ。それから帰ったら昨夜のことをちゃんと謝ってよね。
緋紗子”

件名もなく描き殴ったような文面の下になまえの住所と携帯番号が記されていた。
俺がなまえに惚れているという事実を何故この姉が知っているのか、数年ぶりに再会したなまえとの関係を何故知っているのか、画面に目を当てたまま俺の顔にふいに熱が上る。
だがそんな事は大した問題ではない。俺は生まれて初めてこの姉に心から感謝をした。
スマフォを再度胸ポケットに収め、後ろからの人波を避けるように、降りかけた階段で踵を返す。今度こそもう決して同じ間違いは繰り返さぬと心に固く決め、二段飛ばしに駆け上がる。



This story is to be continued.




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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