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硝子の三日月


深夜帰宅したマンションの共用部分、通路の角の柱の陰から漏れ聞こえる声に、彼は顔を動かさず視線だけを向ける。薄暗がりでもはっきりと解る赤み掛かった髪と上背がある男のダークスーツの背の向こう、すっぽりと覆われて姿は見えないが、たった今耳を掠めたのは覚えのある女性の声だった。

「あ、……駄目、痛い……、」
「駄目か? どうだ、もういいか?」
「はい……」

忌々しく思いながら脇を通過する為に運んだ足は、まるで己が物ではないように重い。自身でも驚くほど動揺しているのに気付く。自宅ドアに向かって歩みを進める背に、思いの外明るい声がかかった。頸を捻り緩慢に半顔だけ向ければ、今まさに頭に思い浮かべたばかりの、なまえの柔らかい笑みが自分を真っ直ぐに見ていた。笑顔と裏腹にその瞳に薄っすらと涙が滲んでいるのを認め、彼は傍目に解らないくらい僅かに眉を上げる。

「お帰りなさい」
「…………」
「あ、ごめんなさい、突然。わたし、隣のみょうじなまえですけど……」
「ああ、知っている」

彼女に寄り添い立つ、スーツの釦が全開の長身の男は、無言で無遠慮な視線を投げてきた。その顔も見覚えている。徒歩10分程の距離にある派出所で最近になって時折見かける警察官だ。階級は警部補。あの場所が警部交番である事も彼は知っていた。これ以上の会話を避けるように「失礼」と短く言葉を切ると、黒皮のコートのポケットから鍵を取り出し、彼は無駄のない所作でドアの解錠をし自室に滑り込んだ。
カチャリと音を立てて閉じたドアを一瞥した原田が「鍵、出せよ」と促せば、なまえはナイフのような不思議な形をした、青いガラス細工のチャームが揺れる鍵を、自分の部屋の鍵穴に差し込む。玄関を開ける後ろ姿をいつものようにじっと見守れば、無防備な笑顔で振り向いた。育ちの良い女性らしく綺麗な立ち姿で小さく頭を下げる。

「今日も色々ありがとうございました」
「きっちり鍵閉めて寝ろよ?」
「はい。おやすみなさい」
「ああ、目薬も忘れずに差しとけ」

施錠の音を確かめてその場を離れようとした原田は、閉じたきり音のしない隣のドアをもう一瞥する。こいつ、何の稼業だ。つい先刻この向こうに消えた男は身形は悪くないが、長い前髪で表情が読み取りにくく、しかし覗いた藍の瞳は鋭く、そして暗い色をしていた。気にはなったが男が問題を起こした訳でもない。目下当局が追跡している人間とは風貌も名前も違う。最も偽名など幾らでもまかり通る世界ではあるが。
ここはセキュリティの確かな賃貸マンションである。ドアのネームプレートには“山口”と楷書で書かれていた。この疑い深さは職業病の一種かと自嘲し、持ちかけた興味を打ち消す。しかしその男との関わりはそれで終わりではなかった。





アスピリンを唇の間に押し込みコップ一杯の水で喉の奥に流し込む。

「事情が変わった。お前を引き上げる。明日の夜まではそこでじっとしてろ」
「了解しました」

通信機を通した声は無機質に用件のみを告げた。このような事は茶飯事で、「それでは今まで重ねてきた捜査は」等と無駄な口を斎藤は利かない。
昨夜から背筋を這い上っていた寒気は、思った通り初期症状だった。滅多に体調を崩す事はないが、敢えて計らなくとも解るほどに熱発している。外出予定が消えたのは実際有り難い。
だが土方課長の言い方では恐らく明日明後日のうちにでもここを引き払うことになるだろう。重い身体を引き摺るようにして、ガランとしたクローゼットの中に転がっている段ボールの空き箱に手をかける。その時インターフォンが鳴った。ゆっくりと玄関に向けた斎藤の瞳は、瞬時にして獰猛な獣のような光を帯びた。

「すみません、風邪を引かれているなんて知らなくて」
「……いや」

ドアの向こうに居たなまえを見つめ、斎藤は戸惑ったように短く答える。若い女性がこの部屋を訪ねて来る事態など考えたこともなかった。ほんの僅か緊張が緩むのを感じた。
そればかりか彼の顔色を見取ったなまえは、斎藤の部屋を一渡り見回した後「ちょっと待っててくださいね」とわざわざ自分の部屋に取って返し、アイスノンやら土鍋やら食品の類いを抱えて戻ってきたのだ。
口数の少ない彼の返事も待たずにキッチンに立った華奢な背を見つめ、斎藤は困惑していた。熱が上がり汗の浮かんでいた額には、冷やしたタオルが載せられている。
見た目は育ちの良さそうなおっとりした様子なのに、意外にも意志が強く有無を言わせずにベッドに入るよう促され、シャツとチノパンのままこうして横になっている。そして彼女自身は持参の小さな土鍋と食材を使い何やら調理を始めたのだ。
さして広くもないワンルームの中は殺風景で、家具と言えるようなものはこのシングルベッドと小さな木製のテーブルのみである。調理器具などは無論何一つない。開いたままのクローゼット前、出しかけて置き去りになった段ボール箱に目を移す。彼女を帰そうと思うが声が出ない。
間もなくして盆に載せた土鍋を運んできたなまえは、引き寄せたテーブルに盆を置き、斎藤の額のタオルを外した。大儀そうに身体を起こしながら斎藤の手が前髪を掻き上げる。刹那現れたその相貌は、男性にしておくのが惜しい程に端整だった。なまえは息を飲んでつい見惚れた。視線に気づいてこちらを見つめ返す斎藤の瞳は、熱の所為か潤んだような綺麗な青色で、彼女は頬を染め俯いて小さな声を出した。

「お粥作ったんです。あの、食べられますか?」
「……警戒心と言う物がないのか」
「え?」
「得体のしれない男の部屋に上がり込んで、ベッドに寝かせるなど、一体あんたは、」

ふいに伸ばした手で細い手首を掴む。殊更偽悪的に斎藤のひり付いた喉から声が押し出されれば、一瞬目を瞠ったなまえは、それでも直ぐに無垢な笑顔を浮かべた。

「わたし、看護師なんですよ。病気の方に男も女もありません。ほっとけないです」

信じられない、と思った。それは彼女の言葉にではなく、自分自身の予想外の心の動きに対してだ。本来彼は自身を制御する事に慣れている。
偽る事を前提として任務に就く斎藤が、ここを拠点として捜査を始めてからほぼ三カ月が経つ。それは身元を固く秘匿したまま水面下で行われ、警察手帳を携帯せず免許証も偽名、身分を証明する物は一切所持しない。電波を傍受される恐れのある携帯電話の使用も制限している。彼の階級は原田と同じく警部補であるが、潜入捜査が警察官としての彼の主な任務だった。
こうしてまともに言葉を交わしたのは今が初めてだが、入居する前からみょうじなまえという女性については、一通りの情報を持っていた。
たが斎藤の方は一般人に対して本名を明かす事さえ出来ぬ立場にある。
一時の気の迷いだと何度も振り切ろうとしたが、消えることなく育っていた想いが溢れ出す。掴んだ手首を離すことが出来なかった。自分を不審げな目で見ていたあの男、原田の琥珀色の瞳が頭を過る。

「原田は、あんたがここにこうしていて、嫌がらないのか」
「え? どうして原田さんが」
「あんたの恋人ではないのか?」

なまえは誤解だと言った。彼女の説明によれば原田は彼女がストーカー被害に遭遇して以来、警護のようなことをしてくれているだけだと言う。彼女の言葉から拾った事実は、ほぼ全てが握っている情報と一致している。なまえの父親は挙党態勢の盛んな党代表、次期首相との呼び声の高いみょうじ代議士であり、原田がセキュリティポリスであることは先刻承知だ。
今斎藤が知りたいのは別の事である。
彼の脳内を色濃く占めているのはなまえの父親の事等ではなく、あの夜に見た抱擁シーンだった。あれは見間違い等ではなく、抱き締められて漏れたなまえの声を確かに聞いた。
問えば彼女は羞恥に目元を染めながらも、小さな声で説明を付け足す。

「あの時、コンタクトレンズがずれてしまって。恥ずかしいんですけど涙が止まらなくなって、だから原田さんが、」

いつも大人の余裕を持ち優しく接してくれるのは、それが彼の任務だからだとなまえは何の疑いもなく信じていた。
想定外の答えに張りつめた斎藤の肩から力が抜ける。それが引き金となり、逡巡を続けていた斎藤はついその箍を外した。先刻から掴んだままの手首を強く引き、なまえの身体を自分の上に乗せ上げた。

「あ、あの……山口さん?」
「恋人では、ないんだな?」
「原田さんが? 違います。あ、あの、待って、」

戸惑うなまえの身体を抱き竦めるようにして、その体勢のまま自身の背をベッドに沈める。

「すまない、今だけ、」
「どう……して」
「今だけでいい……俺を、」
「……山口さん?」

俺を見て欲しい。あんたに触れたい。
長い間抑えつけていた想いがせり上がってくる。なまえは強い抵抗は示さなかった。いつしか抑えがたく膨れ上がっていた衝動に任せ、身体の位置を変え組み敷いて噛みつくように唇を塞いだ。
幾度も夢想した。夢にも彼女を見た。
任務中である。あってはならない事だと解っている。なまえは民間人であるどころか、代議士の令嬢であり警護対象者である。自分のように裏社会を歩く人間が、近寄っていい女性ではない。にも拘らずこのような事を仕掛けるなど、確実に判断力と 自制心を失っていると自覚はしていた。だが、それでも俺は……。

「嫌か?」

切ない声で問えばなまえは腕の中で小さく首を振り、もう一度唇を乞えば素直に身体を預けた。

「……名前を、教えてください」
「俺の本当の名は、斎藤一だ」
「斎藤一さん?」

なまえは確かめるように繰り返し、濡れた大きな瞳で斎藤を見上げる。

「はじめさん……、」

粉々に砕けた理性をかなぐり捨てて、まるでその身に愛情の全てをぶつけるように、無我夢中でなまえを求めた。熱いのは発熱の所為だけではない。突き上げてくる感情を止めることが、もう如何にしても出来ない。斎藤はあの夜よりもずっと前からなまえに、持ってはならない強い恋情を抱いていた。





日勤で病院の帰りだと言うなまえが訪れ、所用を済ませ警視庁を出るまで、原田は恰も警護するような恰好で後をついていった。空を仰げば傾きかけた夕陽と、僅かに青の残った部分には白い三日月が浮かんでいた。
前を歩く淡い色の細身のコートからすらりと伸びる脚に思わず目を奪われながら、つい先程擦れ違った男の顔を思い起こす。公安部が置かれた警視庁の玄関で目の端に捉えた男は、あの時と違い仕立てのよいスーツをきっちりと着こなしていた。一度しかその顔を見たことは無いし身形も違う、だが間違いなくなまえの“隣人だった”あいつだ。いつかの夜、妙に気になったのは、確実に警察官としての勘という奴だったのだ。
容疑者でこそなかったが、まさか公安捜査員だったとは。原田の胸に不快感が差す。公安は警備部を、特にSPを見下していると感じる。同じ日本警察の人間でありながら、あの夜のよそよそしさは尋常じゃなかった。
表札に“山口”と書いていたあの男はつい先刻、部下が不用意に「斎藤さん」と自分の本名を呼んだだけで、あからさまに不愉快そうな態度を取った。確かに警察官が現場で容疑者に名を知られるのは誉められたことではない。特に公安の扱う暴力団やカルト団体等組織犯罪では、報復活動が極めて起こりやすい。その憎悪は凄まじく、矛先が本人や当局のみならず家族や恋人に向かう事も稀ではない。だからこそ潜入捜査では偽名を使うのだ。
しかしここは街中ではない。警視庁の中である。

公安の奴らはいつだってスパイ紛いの捜査ばっかりしていやがる。

普段からマスクやキャップで顔を隠し、同じ組織内にありながら、公安内部以外では決して気を許さず、あまつさえ人相を知られることを嫌う者もある。
元よりその捜査は扱う事案の特殊性や秘密保守の必要性から、情報収集も独自のやり方で公安警察官のみで隠密に行われるのが通例である。潜入捜査や囮捜査を主とする最も危険な任務を負うのが職務である事も解っている。しかし握った情報を一切明かさず、手の裡を絶対に見せないあまりにも秘密主義なやり方に、常日頃不快感を持っているのは刑事部も警備部の人間も皆一様に同じであった。
原田は先程から腹の中でざらつくような感覚を持て余している。小さなこともいちいち引っ掛かり見逃せないのは警察官の性(さが)だ。だがこの感情は職務上の事が理由ではない。
擦れ違った時、一瞬だけれども確実に絡んだ視線。その視線は自分の前を歩くなまえと山口、もとい、なまえと斎藤との間で言葉もなく交わされたのだ。

「なあ、なまえ。やっぱり俺が送ってってやる」
「大丈夫ですってば。独りで帰れます。わたし、もうマルタイじゃないですよ?」
「SPとして言ってるんじゃねえよ。もうすぐ日が暮れちまうだろ」

一月ほど前まで原田がなまえに始終張り付いていたのは、みょうじ代議士を巡るテロ計画が画策されているというタレコミがあったからだ。丁度良くと言えば語弊があるが、なまえに纏いついていたストーカー男の存在は第二義的な事象で、本捜査の一種の隠れ蓑になっていた。無論それをなまえに全て話してはいない。
特捜が出し抜いて不穏分子は一斉検挙となり、以前からマークしていた公安は面目を丸潰れにされた形になったが、各所に潜伏していた公安捜査員は速やかに引き上げられた。同時に原田らセキュリティポリスによるみょうじ代議士、及び娘のなまえの警護も解除となった。
原田のいささか押しの強い好意に負けた形ではあるが、結局なまえは素直に駐車場までついてきて、原田の車の助手席に小さな身体を収めた。エンジンをかけた原田は地上へ出ると、乱暴にアクセルを踏み込み、スポーツタイプの車をなまえの自宅マンションとは別の方角へ向ける。

「あの、何処へ行くんですか?」
「お前の行きたいところへ付き合う」
「……え、でも、」

――行きたいところ、なんて……、

なまえは既に見えなくなった警視庁ビルを小さく振り返る。
彼女の動揺を知ってか知らずか、言葉とは裏腹に原田は目的地も告げず黙って車を走らせた。
いつも優しく気さくな兄のように接してくれていた原田の横顔が、心なしか険しく見える。何か怒っているのだろうか。自分が何か気に障ることをしてしまったのか、と思い巡らすうちにも車は都心を抜け郊外へと出ていた。都心では見られなかった遥か彼方の稜線が緋色に染まっている。
舌打ちをしながら原田がバックミラーにチラリと目線を遣った。警護についてくれるようになって以来、こんな様子を見るのは初めての事だ。不安に胸が潰れそうになりながら息を詰めその整った横顔を見つめていれば、車一台停まっていない見知らぬ駐車場に鼻先を突っ込み、耳に障る派手なブレーキ音を立てて原田が車を急停車させた。なまえの身体が一度前傾してから、シートに軽く叩きつけられ僅かな衝撃を受ける。驚愕に思わず右を見れば、原田の瞳は怒りと悲しみの綯い交ぜになったような色をして、切なげになまえを見つめた。いつもは心地よく響く艶のある声が、まるでひび割れたように掠れている。

「俺にいつでも余裕があると思ってもらっちゃ困る」
「……ど、どういう意味ですか」
「お前、本当に何もわかってねえのか。それともわからねえふりしてるのかよ」

いきなりシートベルトを外した原田がなまえに手を伸ばした。助手席側のベルトロックも解除し、大きな手が細い肩を掴む。なまえの頬が刹那恐怖に歪んだ。

「俺はな、ずっとお前を、」
「いや……だ、原田さん……っ」

抗う身体を力ずくで抱き締めた肩越し、タイヤの軋む音と同時にすぐ脇に黒いステーションワゴンが停まり、乱暴に開いた運転席から男が走り出てくるのが見えた。「なまえっ!」ウィンドウが割れそうな程の勢いで激しく叩かれる。ガラスに両の拳を打ち付ける男を目にし、原田はなまえから身体を離した。振り返るなまえは内側から窓に両手をつき、ガラスの向こうへ縋る様な瞳を向ける。

「はじめさんっ」
「なまえ……っ!」

手を止めず窓を叩き続ける男の瞳には、青い焔が燃え盛るようだった。ややあって原田が諦めたように深い溜め息をついてドアロックを外す。
開かれたドアから飛び出した小さな身体を、斎藤の強い腕が力強く抱き留めた。護られるように包まれながら尚も縋りつくように、細い腕を男の首に回すなまえの唇から、何度も繰り返されるその男の名前が原田の心を抉った。

「はじめさん! はじめ、さ……っ、」
「随分汚い手を使うのだな」
「お前に言われたかねえよ。公安は何事も秘密裡に運ぶってわけか、女の事も」

先刻と打って変わった凍り付くように冷えた藍色に唸るような低い声。まるでこいつは獣みてえだな。目は猛禽類だ。
射抜くような視線を俺に向けなまえを折れるほど抱き締めているのは、感情を露わにすることの先ずないと言われる公安捜査官ではなく、偶々俺と同じ女に惚れた、只の一人の男だ。そしてこの俺は恋に破れた単なる不運な男ってわけか。今さっき、なまえはこの男を「はじめさん」と呼んだ。そうか、そういうことか。

霞が関からずっと黒い車にぴったりと追尾されていたのは解っていた。運転者が恐らく斎藤であるという事もとっくに予測がついていた。それでも逃げ切れるならば逃げ切ってやろうかと思った。そしてそのまま、出来る事ならば……。
斎藤を睨み付けていた目元をふと緩め、声を和らげる。

「お前、覚悟あるのかよ」
「無論だ」
「お前じゃねえ、なまえに聞いてんだ。公安警察官と付き合うなんざ並大抵のことじゃねえぜ。お前みたいなお嬢さん育ちがわかってんのか? こいつらはな、そんじょそこらの極道より性質が悪いぜ」
「何と言われても……わたし、はじめさんのことがずっと」

ふと目を落とした足元にガラスの欠片が落ちていた。拾い上げればなまえのキーチャームで、以前ナイフのような形をしていると思ったが、よく見ればそれは三日月形だった。
背後を護る原田の前でドアを開ける度にいつも取り出されたそれは、落ち残った残照の中でより一層深く濃い藍色に見える。綺麗な青だな、と場違いに思う。自分を見据える男の瞳はちょうどこれと同じ色をしている。目線を上げれば青い三日月が先刻よりも高度を上げていた。

「ずっと、好きだったんです。引っ越してきた最初の日から……ずっと」
「俺は必ずなまえを護る」

原田の指先から無言で手に落とされた硝子の三日月を、愛しげに受け止め小さな手に握り締めて、斎藤に包まれたままなまえが呟けば、驚くほどに優しい声が応えた。
原田は背を向けて車のドアに手を掛ける。もう一度だけ見上げた空に浮かぶのは、まるで繊細なガラス細工のような三日月。それは目に痛い程、悲しく美しかった。





2014/02/13


▼あみ様

この度は20万打企画にご参加いただきましてありがとうございました!
頂きましたリクエストは『社会人、一さんと左之さんでヒロインの取り合い、微裏で一さんオチ』でした。実は最初にオフィスを舞台に途中まで書いたのですが、ここのところ現代のほっこり的なお話が続きまして、書けば書くほど前作と似た感じになってしまったので、思い切ってオリャーーッと全て破棄し、ちょっぴりだけハードボイルド的(そうか?)に急遽路線変更しました。そして出来るだけ取り合いの二人をクールなキャラに仕立てようと目論んだのですが…、また甘がどっかへ行ってしまいました。あみちゃん、すんません(´;д;`)
そして微裏のご希望ですが、なんだか裏加減がどこからが微なのか、もうよく解らんくなってきてしまいましてウーンと悩んだ結果、あみちゃんのお宅では鍵設定がないということでしたので、ほんとに匂わす程度という感じになりました。お気に召していただけるか物凄く不安なんですけど。ドキドキ。ですが一さんキャラは無口で無骨(文字数が許せば戦闘シーンも書きたかった。飛び道具も出したかった)、猛禽類を意識して書きましたのでお読みになる時に是非鷹とか鷲を脳内補完して頂けるとよいのではないかと…(なんて他力本願;;重ねてスイマセン)それよりなにより、どう見てもこのお話、中心人物が原田さんになってる感が否めない!どういうことでしょうか!
実はずっと公安捜査官の斎藤さんを書きたかったんです。誰にも言ってなかったんですけど、もうずっと前から。それはやはり、御陵衛士に潜入した一さんを現代でも!というところから来る壮大な野望だったんです。しかし公安捜査員とは概ねストイックなんですよね。おかげで科白が極めて少ないですね( ノД`)シクシクまたしても自己満炸裂となってしまいましたが、こんなものでも宜しければお受け取りいただけますと幸いに思います。
改めましてあみちゃん、この度はリクエストありがとうございました( *´艸`)




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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