03「紗也さん、あのっ……」 「はい」 「あ……、いや、何でも……無いっす……」 「阿散井副隊長?あの、」 「いやっ、本当に!何でも無いっすから!」 切羽詰まったように呼び掛けては何かをと言い掛けるのに、問えば決まって恋次君は口を閉ざした。 「……では、書類配達に出て、来ます」 らしくない……。 そんな気不味い空気を変えたくて、掛けようとした言葉もまた、恋次君に届く事は無かった。 忘れたいと願う程 忘れようと足掻く程 何もかもが、上手くは行かないみたいだ――… 成らぬ…… ならば、辞める事が叶わないのなら。こんな状態が続いている以上、異隊を願い出た方が善いんだろう。 優しくしないで良いと言いながら、知らず恋次君に気を遣わせるような、何か負担を私が強いて居るのかも知れない。 「上官に気を遣わせるって……」 言いたい事も言わせてあげられないとか終わっている。 感情なんて、口で言う程簡単では無いんだと、私はずっと分かっていた筈だ。 『四宮先生っ』 恋次君の誕生日の次の日。 少し宜しいでしょうかと呼び掛けられた声に全身が総毛立つ程に緊張した。 私を先生と呼ぶ声は極限られている。 接点の多くは無かった人見知りと思われる彼女が敢えて私に声を掛ける。 私は、其の理由だって、何処かでちゃんと理解していたんだ。 『……何か、御用でしょうか。朽木さん……』 『あの、恋次……。いえ、阿散井副隊長の事なのですが……』 恋次君の事でと言い難そうに、でも恋次君の事となると彼女特有の少し口唇を尖らせた表情で心配を紡いだ。 朽木さんから見ても、気でも抜けてしまったのかと思う程、恋次君の様子は目に見えておかしいと。 自身の為の一席だと言うのに、何処か上の空で終始元気が無かったのだと。 そして、私の事をとても気にしているように見えると…… 『アヤツめが何か失礼を働いたのかも知れませんが……っ』 どうぞ私に免じてお許し頂けませんかと頭を下げられそうになって慌てて上げて貰った。 『此れからは私も………、っ』 気を配って……? 何とか出来るものなら私だって…… 『何とかしようって、頑張ってるんだけどなぁ……』 もう、ずっと……。 『四宮先生……?』 『っ、いえ』 泣くのは間違っていると溢れそうになる涙を堪えた。 続く朽木さんの言葉を聞きながら、心の平穏を保つのは未だ難しいみたいだとギュッときつく瞳を閉じた。 思うだけでは…… 何も変わりはしないんだと。 突き付けられたのは、唯一つの現実……。 |