02「今日は、其の……、だなっ」 「今日が何だよ」 「だからっ!……いや、朽木の屋敷に、来ぬか?」 「何で俺が……」 頬を染めて目を逸らして。 口籠るように告げる朽木さんを見ながら、面倒臭ぇと眉間に皺を寄せる恋次君は、本当に鈍いなぁと内心で息を吐く。 今日は恋次君の誕生日で、朽木さんは其のお祝いがしたいんだって、どうして気付かないのか……。 去年だって…… 「っ………」 自分の誕生日を憶えてなんていない、毎年すっかり忘れてくれている恋次君に、呆れながらもサプライズはし易かったななんて、またどうにもならない無意味な事を思い出す自分に嘆息した。 六番隊の執務室で楽し気に過ごす二人、なんて、今ではもう当たり前の風景に近い。 其れなのに…… 「……いや、兄様が」 「隊長が?」 「だから、其の……」 「面倒臭ぇなはっきり言えよ」 「阿散井副隊長」 「っ、は、い」 「………………」 『はい』って一体何ですか…… 浮かんだ言葉は飲み込んで、胸の痛みには無理矢理と蓋をした。 「書類配達に出て来ます……」 私が居ると話し難いのかも知れないと事務的に告げて、纏めた書類を手に執務室を後にした。 途端、 「貴様の誕生日だろう、言わせんでも気付け!」 そう詰め寄る声がして、不意に涙が込み上げた。 「っ……」 ぐっと奥歯を噛み締めて、瞳の奥の痛みを遣り過ごす。 少しでも早くと気が急く。 おめでとうと云えない事がこんなに辛いなんて知らなかった。 「もう、嫌だ……」 分かりきった現実に未だ傷付くのかと自分に呆れる。 足早に副官室から離れながら、最後は逃げるように走り出していた。 随分と前に用意してしまったプレゼントは、今朝出仕の前に捨てて来た。 結局、当日まで未練がましく捨てる事さえ出来なかった。其れを、忘れていた訳じゃ無い。 どうしても、今日まで捨てる事が出来なかっただけだ。 焼却炉の中、簡単に紅い渦に呑まれて消えて行く様に、此のどうにもならない想いも消えてしまえば良いのにと願った。 「誕生日、か……」 もう何十回と繰り返した此の日は、私の中に染み付いて、綺麗に失くす事は難しいみたいで。 何気なく伝えるには気持ちが付いて行かず、私からの祝いの言葉なんて、もう恋次君には無用のモノだと思えば無駄な事をするのも躊躇われた。 始まりも終わりも、恋次君の大切な日に私の居場所なんて無い。 此れからの毎日で、私は其れを、憶え直して行かなきゃならないんだ……。 淡々と…… 其れはまるで、作業のようだと少し嘲笑えた。 「痛くない……」 絶対に忘れないと思ったあの日を消し去ろうともがく。 『紗也、さん……』 瞳を閉じれば、こんなにも簡単にあの日が思い出せるのに……。 「もう、痛くない……」 痛くない、痛く、ない……。 こうして、もう大丈夫だと強がる私を現実へと引き戻す。 本当の終わりは始まったばかりだと、あの激動の日から思い知らされてばかりだ。 |