03「急に何だよ」 何の前触れも無く急に相好を崩した私に、檜佐木君が訝しげな視線を向けて来るから何でもないと微笑って返した。途端…… 「何……?」 パッと逸らされた顔に首を傾げる。 「何でも無ぇよ」 「…………?」 何でも無いと言いながら造られた難しい表情は、何故だか凄く嬉しそうにも見えた。 また夜に……と言った檜佐木君は、気を遣ってくれてだろう、暇なら付き合えと食事にまで誘ってくれて、結局、誕生日という大事な一日の殆どを私と過ごす事になってしまっていた。 『良い、の?』 『何が』 『や、だから、今日は誕生日でしょ』 申し訳無いと遠慮する私に、阿呆かと溜め息のおまけまで付けて呆れてくれたのが、やっと雑務から解放された終業から一刻も過ぎた頃。 だけどこんな、今日の始まりからずっと…… 『私なんかと……』 『なんかじゃねぇよ』 『…………』 『なんかじゃ、ねぇんだって……』 そう繰り返し口にして、 『もう、良いから黙って俺に付き合えよ……』 躊躇う私の手を引いた。 私なんかと居て良いのかな……。 檜佐木君は其の言葉を言わせてくれる気は無いんだと、其の、強い視線から覚る。 『うん……』 ありがとうと呟けば、何でありがとうだと優しい拳が降って来た。 「………其れで、四宮は何で微笑ったんだよ」 「何で、って……」 其れは、こんな風に檜佐木君と話せるようになるなんて思わなかったから。 檜佐木君が、此の日の、誕生日の大事な時間を私なんかの為に遣ってくれるなんて、私には奇跡にも似た光景に思えた。 「ちょっと昔の事を思い出し、て……」 「っ……」 「って、あ、えっと、違うから。あの日じゃな……って……」 「…………」 ああもう、……本当に莫迦。 折角、やっと私達の間のあの蟠りが消えて、こうして普通にして居られるようになったのにと自分の失態を呪う。 何かを察したように顔を曇らせる檜佐木君に慌てて否定しても、其の表情は晴れないままで……。 「あの、ね、檜佐木君。本当に違う、の」 思い出していたのはあの日じゃなくて、檜佐木君が私の中で特別なモノへと変わった日。 「友達に、檜佐木君の前でだけ顔が強張ってるって指摘されたなぁって、思い出しちゃっただけで……」 「…………」 自分ではそうと気付けなかった。けれど、想いは確かに其処に在ったらしいと知った。 だから、そんな顔をさせたくて言った訳じゃ決してない。 「其れであの、知らなかったんだけど、私って緊張すると其れが顔に出るらしくて」 「……………」 「そうしたら、そんな訳無いのに、檜佐木君が其れを知ってるよとか、檜佐木君が好きなんでしょって友達にからかわれたら余計に緊張しちゃっ……」 「っ……」 「え……?あ、違うっ!……じゃない。其の……」 「「………………」」 だから……、私の、莫迦……。 いくら、過去に引き摺られて居たからって……。 檜佐木君の前だと、まだ緊張するのかと自分に呆れる。 何だよ、其れ……と、少し茫然と洩らした檜佐木君に、ごめんなさいと謝罪を口にした。 「莫迦みてぇ……」 「う゛、だからごめ……」 「嫌われてるんだと思ってた」 「………え?」 「だから、四宮にはずっと嫌われてるんだと思ってたんだよ」 何でかいっつも恐い顔して通り過ぎるしよ……って、 其れは…… 其の友達 良く見てやがるよなって、瞠目する私に自嘲するかのように苦笑を向けるから、本当に気付かれて居たのかと紅く染まる頬を慌てて隠した、のに…… 「俺何かしたかって焦り捲って、何とかしたくて、どうやって話し掛けようかって其ればっかりで……」 「檜佐木、君……っ?」 其の腕をやんわりと捕らえて引き剥がす。 嫌がる私を押さえ付け、確りと合わせられる視線に益々と頬に熱が溜まった。 「ずっと見てた……つっても、ちっとも目なんて合わなかったけどな……」 向けられた愛しむような瞳が落ち着かない。 息が詰まるような感覚に陥って行く。 そんな私に構う事なく、まるで追い詰めるように無くされる距離は…… 後少し檜佐木君が近付くだけで、口唇が触れて触れてしまいそうな程に近い……っ 「檜佐っ……」 「笑ってくんねぇかなって、思ってた」 「っ……」 「だから……」 さっき、凄ぇ嬉しかった…… 「………………」 其の声が切なくて、 私は、無くなる距離に瞳を閉じた。 「ずっと、有り得ねぇって諦めてた」 『私は………』 「奇跡なんかじゃ無ぇんだって」 『そんな奇跡みたいな事は、起こらないって知ってるよ……』 「昔の俺に、自慢してやりてぇ……」 其れはきっと、 恋の始まりと終わり…… |