旱天ノ慈雨「おー、檜佐木!正月休みに久しぶりに同期で集まろうぜって話に……」 「悪ぃ。俺、当直」 「は……?今年もかよ。ってまさか出来る新人いびりとかじゃ無ぇよな」 「違ぇよ。コイツの場合……」 「っ、あーっ!つー訳で急ぐからまたな!」 「って、おいっ?」 檜佐木っ!? 呼び止める複数の声は完全に無視をして早々に其の場を立ち去る事を選択した。出来れば此れ以上の突っ込みはご免被りたかった。 卒院して三年。順調に席次を上げる事での新人苛めなんて物が、まぁ有ったら黙らせるが、有る訳でも無く。単に…… 「希望出してんのお前だしな」 「……煩ぇよ」 そう。誰もが避けたがる年末年始の当直に志願し続けているのは他でも無い自分自身で、其れには其れなりの理由もちゃんと有る。 「四宮に会いたいだけだもんなぁ」 「だからお前は煩ぇよ!っつーか、何でお前まで一緒になって当直に着いてんだよ!」 「面白ぇから」 不憫過ぎて…… って、此の野郎……。 年末から松の内迄。其の間に当直に着いた者には其れに見合うだけの休暇の取得が認められていて、基本休暇中の行動は自由。制限も設けられていないとくれば、こんなに美味しい話は無いだろう。 「学院の休み明けに合わせて公休潰してまで実技指導とか?ホント涙ぐましいだろ、報われない努力が」 「報われない言うな」 霊術院に残った四宮に会うのに、俺がこうして出向く以外に何か方法が有るのならそうしている。 ただ待って居たって其れが叶わないのなら、俺が動くしか無い訳で。 ほんの少しでも良いから姿が見たいと…… 「其れを報われない努力っつーんじゃ無ぇの?」 「だからお前は本っ当黙れ!」 『あ……』 『っ……』 卒院して初めて霊術院に顔を出した日。廊下で偶然会った四宮は酷く驚いた様子で、何で俺が学院に居るのかとの戸惑いを隠せずに居た。 歓迎されると思っていた訳でも話し掛けられると思っていた訳でも無い。 況してや、何かの進展を期待していた訳でも無かった、けれど……。 顔を見ただけで怯えられるとか。 ジリ と後退した四宮が一礼をして踵を返すのを見送って、四宮とはあの日のまま、何か変わろうとする事さえ許されない事なのかと胸がギリギリと痛んだ。 「嫌われてる自覚は有るんだな」 「……お前ホント黙れ」 あの日君を傷付けた。其の事実を何とかしたいと思った。其れは俺の勝手な想いでしかないと分かった上で、只管焦れる。 「怯えさせたかった訳でも無ぇし、四宮が望まない事をしたい訳でも無ぇんだって……」 「其れで、今年こそはとまた空回ると」 「…………」 「……まぁ、頑張れ」 「おぅ……」 今年こそは……とそう言いつつも、今年も俺が四宮に話し掛ける事はきっと無い。 「檜佐木……?」 「……いや、何でも無ぇ」 ただ同じ空間に彼女の霊圧を感じて、時折姿を垣間見られれば其れで十分だと、今年もまた自分を納得させるんだろう……。 「檜佐木君……?」 じっと見詰めてしまった俺の視線に気付いてか、どうかしたのと居心地が悪そうに四宮が問う。 「いや……」 何でも無いとはとても言えない。けれど、此の胸の奥一杯に広がる言葉に出来ない想いを、上手く伝える術も持たない俺は、少し困った顔で苦笑いを返すだけ。 怯えないで欲しいと、逃げずに話を聞いて欲しいと……。 ただ願い続けた存在が今、真っ直ぐに俺を捉えて…… 「檜佐木君」 「…………」 「何か、あった……?」 「っ、………」 微笑ってくれるから――… 様子のおかしい俺に直ぐに気付いて、躊躇う事なく伸ばされる手が俺に触れる。 触れられた箇所から、ジンと広がって行く甘い痺れにまた泣き出したい気持ちにさせられた。 「……四宮」 「うん……?」 「好きだ……」 「っ、……」 今もあの時も。 俺は、 ずっと、ずっと――… 今年こそはと思い続けて、何十年が経っただろう。 引き寄せた躯を強く抱き締めれば、大人しく収まってくれた事に知らず安堵の息が洩れていた。 「未だ……」 怖ぇ…… 四宮が逃げて行かない事がこんなにも嬉しくて、こんなにも怖い。 そう言ったら、どんな顔をするだろうかと、そっと気付かれないように溢したのは、情けない程の泣き笑いだった。 |