01檜佐木修兵という人の誕生日は、私にとって、一年で一番落ち着かない日、だった。 今も昔も、 もしかしたら、此れからも……。 其れは変わらないのかも知れないと、思った。 私が一番最初に檜佐木君を意識した日。 其れが彼の生まれた日だった。 『初っぱなの試験の首席は檜佐木ってヤツだってよ』 初めて檜佐木君の名前を聞いた時。 そう言えばと、組分けだって有るんだから順位だって付くよねと、漠然と其の名を聞き流した気がする。 二組に在籍していた私にとって一組の人達はもう何て言うか別次元の存在で、檜佐木君は『檜佐木修兵』と言う名の何処か遠い世界の住人、偶像に近かった。 『また檜佐木が一番だってよ』 試験の度に繰り返される羨望と妬み混じりの噂話。 檜佐木君は凄いとか、檜佐木君は格好良いとか。 誰々が告白して振られたとか、喧嘩を売った誰だかが返り討ちにあったとか。 情報だけが氾濫する。そんな中でも、決して貌を成しては行かない彼の存在は、やっぱり私なんかとは違う、住む世界の違う遠い人のようにしか思えなかった。 だから、だろうか。 『来月、檜佐木君の誕生日なんだって』 二回生に上がった頃に、何気なく届いた其の話題に。何となく、本当に何となく興味を惹かれて耳を傾けた。 誰にでも当たり前に在る、其の誕生日の一言が、急激に私の中の抽象物でしか無かった彼を現実の世界で具象化させた。 『八月の、十四日……』 『紗也?』 『あ……、えっと。檜佐木、君?の誕生日なんだって』 初めて其の名を口にしたら、何故だか胸がムズムズと擽ったく感じた。 知ってるよ、有名だよと笑う友達に笑顔で返して、『どんな人?』と真顔で訊けば唖然とされた。 『アンタは間違ってる!』 『はい……?』 何を……? と思う隙も無く引き摺られたのは一組が見通せる廊下で、 『ほらっ』 其の認識を改めろと指差された先に居たのは、男女を問わず、級友達に囲まれて楽しそうに笑う…… 『格好良い……、ね』 別次元の誰かでも、住む世界の違う誰かでも無い。 私と何も変わらない、同じ二回生の彼だった。 |