きみがすき | ナノ






蝉時雨




毎年


『恋次君、何か欲しい物は有る?』


そう訊けば、


『紗也さん』


と大真面目に答えられる。

頭の痛かったあの会話の始まりから早や三十年。

今年は進展が有るかと期待して訊いた質問の答えは、


「紗也さん」


今までと何等変わりの無い、いつもの一言だった。




何 脱力してんすかと言われても其れは恋次君のせいに他ならず。

今年は其の……、漸くお付き合いをする事になったんだから、私だと言われても困ると言うか何と言うか……


「……だっ、てね。其の、もう付き合ってるんだから……」

「だから、紗也さんっつったんすけど」

「だから、って……」



…………っ



そうか、と気付いてしまったのは瞳を向けた先、恋次君の瞳に宿った熱を理解出来たから。

カァッと紅くなったのは私だけ。

少しも照れてもいない。
私を逃がすつもりで居ても隠すつもりは無い。
真剣な眼差しが其処には在った。



キスは、した。

死神では無い私の元へ、忙しい恋次君がいつも足を運んでくれる。

こうして、講義の終わった誰も居ない教室で……


『すみません……』


と謝った恋次君が、資料から顔を上げた私を捕らえて口唇を触れさせた。


いつも、いつだって私の気持ちを最優先して。
いつだって、肝心なところでは自分を圧し殺して……。
強引な、振りだけで。

いつも……


「……ごめん、なさい」

「何で謝るんすか」

「だって……」

「ちょっ!何で泣くんすかっ」


急に泣き出した私に、恋次君がわたわたと目を見開いて慌て出す。


だって……。
気付いちゃったから……


何十年も、ずっと。
恋次君は……


「……んな事は大した事じゃねぇんすよ」


私の涙や謝罪の意味に気付いたらしい恋次君が、罰が悪そうに目を反らす。


「恋次君、痛い……」

「今、余計な事まで考えなかったっすか?」


何で解るんだろう……


私が判り易いのか相変わらず恋次君が鋭いのか。
もしかしたらの想いは拳骨で一掃された。

他で解消出来るような想いなら、疾っくに諦めてるっつーのと憮然とした顔を顰めて。


私は………




「紗也さん?」


キュッと口唇を噛み締めて、無言のまま広げていた資料やらを片付けた。
そんな私に、恋次君が不思議そうに問い掛けたけれど、其の時の私は一つの事に頭が一杯で、其れには無反応のまま帰り支度を整えた。


「紗也、さん……」


恋次君の手を取って、そっと口唇を触れさせる。

何度、思い返しても恥ずかしい。

でも、其の時はそんな風に思う余裕なんて無かった。


恋次君が好きで、
愛しくて。

ただ、触れて欲しくて……。


一言だって話せない。
無言のまま手を引く私に、恋次君も何も言わなかった。







行き着いた私の部屋の前で、扉を開ける手を上から重ねられて躯が揺れた。


「……ご、め」

「何を勘違いしてんすか」


止められたんだと、そう思って謝罪を口にし掛けた私を抱き寄せるようにして恋次君が部屋へと躯を滑り込ませた。


「ホント、予測不能っすよね」


其の、猪突猛進なトコは治した方が良いっすよと苦笑して、愛しむようにキスをくれた。

恋次君の膝の上で向き合ったまま、私は其れが当たり前のように、恋次君の死覇装に手を掛けて行く。
震える手で、もどかしい程にゆっくりと。


夕暮れ時の、まだ全てを視認出来る此の時間に、何をと頭を過っても。

でも……


露になった躯に口唇を寄せて、滑る汗を舌で辿った。
愛しさが溢れて、泣きたくなんてないのに涙が溢れるのを止められない。


「俺も、好き過ぎて苦しいっす……」


もう限界……


そう云った恋次君が、ゆっくりと私を押し倒して行った。







呼ばうように降り頻る無数の蝉の声が、私の嬌声を消してくれる。


「痛いよ……」


切なくて苦しい。

恋次君の腕の中で泣いた日を、私は一生忘れないと思った……。










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