03「そろそろ、戻るか」 「っ……」 そう言って立ち上がった檜佐木君に、ビクリと躯が反応してしまった。 何をするでも無く、二人並んで景色を眺めながらの何でもない会話が心地好くて、私を落ち着かせてくれていた、のに。 まだ帰りたくないと…… 一気に現実に引き戻された気がした。 釣られて立ち上がりはしたものの、足が全く動こうとしない。 俯いた視界から霊圧が少しずつ離れて行くのをぼんやりと感じながら、私は其の場を動けないままだ。 戻らなきゃならない。 こんな少しの時間だけ。 逃げる事に意味が無い事くらい解っていて、其れでもと躯が強張ってしまう。 「四宮?」 「…………」 いつの間に戻って来たのか、檜佐木君の心配げな声音と共に影が降ちて歯噛みする。 私の、莫迦…… どうして私は、もっと上手くやれないのかと嘆息する。 此れ以上、檜佐木君に迷惑を掛けてどうするのか。 「ごめん、なさい。……戻ろうか」 今の精一杯の笑みで繕って、隊舎の方へと足を向ける。 一歩、二歩と進める度に、痛みを増す胸に耐えて歩き出せば、伸びて来た手が私を制止した。 「……檜佐木、君?帰ら……」 「帰る気が無ぇのは四宮だろ」 「っ……」 どうして…… 思わず見上げてしまった檜佐木君は、眉間に深い皺を寄せて不機嫌を顕にしている。 「何で解るって顔すんな、阿呆か」 阿呆かって…… 最近の檜佐木君は口が悪いと思う。 ムッとする私の頬を摘まんで、解んねぇ訳が無ぇだろと呆れた顔を向けて来る。 「阿散井が、どうしたよ……」 「っ……」 ……本当に。 もしかしたら、此の人は何でも知って居るんじゃないかと思ってしまう。 「恋……阿散井、副隊長は……」 もう少しだけ忘れて居たいのにと深く息を吐き出して、詰まりながらも言葉に乗せる。 名前を聴いただけで跳ね上がる鼓動も、痛いと泣き続ける此の胸も、本当に感情の波を行ったり来たり忙しない。 「朽木隊長の所に……。あの、朽木さん、と……」 ああ…… ダメだ。 泣きたくなんかないのに、また莫迦みたいに溢れ出る涙が鬱陶しい。 止まれと、そう願ったって、一瞬で心が引き戻されるのを止められない。 恋次君へと、向かって――… 「本当に……ごめん、なさい。私はもう少し此処に居るから。あの、先に戻っ……」 「四宮」 笑え、と命令した表情筋を優しく包まれる。 抱き締めるような体勢で、私を置いて行くつもりは無いんだと、言葉じゃなく全身で檜佐木君が告げて来る。 此の腕に甘えちゃダメだって、解ってるのに…… 「帰りたく、ない……」 まだ、もう少しだけ忘れて居たい。 自分の部屋も、副官室も。 恋次君と過ごした、恋次君の強く痕る場所に独りで居るのは辛い。 忘れたくないと言いながら、矛盾していると解って居ても、 でも…… 「もう少しだけ……」 後少しだけで良い。 今は独りで居たくない。 「傍に居て……」 |