きみがすき | ナノ






始まりも終わりも




「そう言えば、明日は檜佐木君の誕生日だよね」

『っ…………』

「檜佐木君?」


いつもの通話の終わりに、そう言えばと何気なく口にした言葉に、伝令神機の向こう側の檜佐木君が固まった。





「もしもし?……あ、れ?……檜佐木君?」


切れちゃった?と一瞬だけ思って、其れは無いと思い直す。
ちゃんと向こうに、檜佐木君の気配を感じていた。


だったら何だろう。
私、何か悪いこ……と…っ


「私、誕生日間違えた?あの、ごめんなさ……」

『間違ってねぇよ』

「…………」


絶対だと思った日にちはやっぱり間違いでは無くて、だったら、他の理由は何だろうと益々不安になってしまった。


さっきまで普通に話して居たはずの檜佐木君の口数が減って、何だか口調までが不機嫌そうに聴こえる。

顔が見えない分、どんどん不安になる……。


間違いじゃないのなら、もう直ぐ変わる日付を越えたら、おめでとうって言わせて貰おうと思ったのに……。


「あの、もしかして誰か他に掛けたい人が居るならそろそろ切……」

『だからそんな間抜けな心配ばっかしてんな』


間抜けって……っ


そんな言い方しなくても良いじゃないと流石にムッとなる。


「檜佐木君が怒ってるからじゃない」


急に黙ったり、そんな恐い声で話すから……


『……や、怒って無ぇぞ』

「嘘、怒ってる」

『何で怒らねぇとなんねぇんだよっ』


そんなの私が知りたいよ。


「声が、怒ってるじゃない。見えないけど、顔が恐い」

『何でだよっ』


怒ってる
怒ってねぇ
顔が恐い
見えてねぇだろっ


よく考え無くても何て下らない、子供みたいな言い争いは終わりが見えず、だんだん私もムキになっていた。


「檜佐木君、今、何処?」

『怒ってねぇ…って、は?今?……は、自室に戻ってる途中、だけど……』

「今から行くから」

『はぁああっ?』


急にどうしたって言葉を遮って、今から行くからって宣言していた。


「顔を見て確認するだけ。霊圧 捕捉出来たから動かないでね」

『莫っ……、ちょっと待て。何時だと……』

「大丈夫よ、 今……」

『俺が行くから!』


だから絶対に動くなって、より一層強い口調で言われて息を飲む。


「……ほら、怒ってるじゃない……」

『今、怒ったんだっつの』







直ぐに部屋まで来てくれた檜佐木君は、やっぱり少しムッとした表情をしていて。でも、其の霊圧が柔らかくて優しくて……


「疲れてるのに、ごめんね……」


怒ったりしていない事は直ぐに判った。


「……其の。熱くなったら一直線なトコは変わんねぇよな…………っは」

「ごめんなさい」


確かにそうなんだけど、そんなに笑わなくても良いじゃないってくらい、檜佐木君が肩を震わせて笑っている。


「笑い過ぎ……」

「ったって本当変わらねぇから。前も、……って、何でもねぇ」

「前……?」


って、いつ?


しまったって顔をした檜佐木君が、罰が悪そうに顔を反らして何でも無いを繰り返す。


「……んな事より。四宮は何で俺の誕生日知ってんの?」


……何でって、


「当たり前じゃない」


知らない訳が無い。
檜佐木君は有名だったから、いつも誕生日の一ヶ月も前になれば、誰かしらが其の話をしていた。

誕生日当日も、沢山の女のコ達やお友達に囲まれているのを、遠くから見ているだけだった私は、ただ……


「ずっと見てたから……」


檜佐木君を見ていた。
おめでとうって、直接云える人達が羨ましかった。


「………………」

「……檜佐木君?どうし……っ?」


また黙り込んでしまった檜佐木君を訝れば、夜目にも判る程、熱でも有るのかと思う程……


「真っ赤だよ?」

「……だろうな」


だろうなって……


「えっと、大丈夫?」

「誰のせいだ」


っとに凄ぇ事言ってるって自覚無ぇのがまた性質悪ぃって、ぶつぶつと檜佐木君が文句を言うから、失礼だと眉根を寄せた。


でも。

また伝令神機で話していた時と同じ。
口数も減って、口調はキツいし、今度は口も悪くなっちゃってるんだけど。


「やっぱり、顔が見れた方が良いね」

「は?」


怒ってないのが判るからと微笑めば、だから言ってんだろと一瞬呆けた顔を直ぐに憮然としたものに変えて返された。


本当に、会わなきゃ解らない。
私には見えない事が多過ぎるんだと、思った。








「お誕生日、おめでとう」


言い合いなんてしてる間に、すっかり日付が変わっていた。


「何か欲しいものって、有る?」


今日は会えて、言えて良かったと顔が綻んだ。


見ている事しか出来なかった檜佐木君に、おめでとうと言って欲しい物の話なんかをしちゃってる。


あの頃の私が知ったら……

きっと、嬉しくて幸せで、
泣いてしまうんだろうと少し微笑えた。




「……今日」

「うん」

「だから今日。五分で良いから、四宮の時間が欲しい」

「時間って……」


いつも肝心な事は曖昧にしてしまう檜佐木君が、真っ直ぐに私を見詰めて微笑んだ。


「今か、ら……?」

「今じゃ無くて、今日の夜にまた会いに来るから」


もう一度、おめでとうっつって。


其れが欲しいと言った檜佐木君の瞳が、表情が、急に切なく色を変えて、

ゆっくりと、躊躇いながら私を胸に引き寄せるから……。


今は苦しいだけじゃなくなった昔を少し思い出して、想いが引き摺られていたのかも知れない。

一人でいる夜が、辛かったからかも知れない。


檜佐木君の腕の中で、私は、どうしてと、深く考えるのを止めてしまった。


「誕生日が、こんなに嬉しいもんだって忘れてた……」


今だけ、今日だけは……


「今日だけ、我が儘聞いて……」


微かに聴こえた言葉は、私の想いに重なって……


「……………うん」


空っぽの心に、流れ込んで行った。










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