きみがすき | ナノ






01




薄暗い廊下に笑い声が洩れ響く。

薄い扉、たった一枚隔てただけの距離が果てしなく遠く感じた。


此の向こう側に、私の居場所は無い。


手を伸ばさずとも触れられたはずの優しい温もりは、もうお前のモノでは無いんだと無情にも知らしめる。


其処に在るのは、

現実なんだと――…








『………………』

『………っっ』

『…………、……』



「入られないのですか?」

「っっ!」


病室の扉の前、躊躇いに躊躇って、ノックしようと上げていた手を下ろした。

途端、掛けられた声に跳ねた肩。

心臓が止まるかと思った。


「卯ノ花、隊長……」


強張ったままの状態で首だけを振り返れば、静かに微笑む卯ノ花隊長が居らした。


「っ……、あ、失礼、致しました。私は仕事を思い出しましたので、どうぞ」


朽木隊長を宜しくお願いしますと頭を下げて道を譲る。
苦しい言い訳だと解っていて、失礼しますと足早にその場を辞した。




「お見舞い、無駄になっちゃった……」


四番隊から十分に離れたのを確認して足を止めた。
手に持ったままの、少し形の崩れた箱を見詰めながら溜め息を吐く。

あの中に入って行く勇気が、どうしても持てなかった。



『全く、恋次はいつも……』

『煩ぇなっ お前が……』

『…………』




敢えて意識から外していた筈の愉しげな声が、未だ耳にこび付いたままどよもす。


「笑えないよ……」


折角の楽しい雰囲気を壊し兼ねない自分が嫌だった。

そんな言い訳染みた事しか考えられない自分も嫌になる。


「解ってるんだけどな」


また一つ溜め息を吐いて、止めていた足を動かした。




破壊、再生、前進、廻天


三隊長を失って尚、尸魂界はきっと得た物の方が大きい。

今の私の焦燥なんて、尸魂界全土を揺るがす程の大事の中で、取るに足らない些末事でしか無い。


本当は、と……


もう、何度目かも判らない自答を繰り返していた。


本当は、朽木さんの生還を喜んでなんて居ないんじゃないのと

本当は、恋次君の幸せなんて願って居なかったんじゃないのと

本当は、自分の事しか考えて無かったんじゃないのと……


私を責める声が頭に響いては、弱い私を容赦無く責め立てる。


ギュッと握り締めた胸元から、カサ と音を立てた物に気付いて手に取った。


「此れも、渡せなかったな……」


お二人の行方が不明だったあの時、私は隊を動かさなかった。
其の咎めも受けないと行けないと思っている。

何時でも手渡せるようにと忍ばせて在る辞表は、今の私には安定剤に近い。


「本当、痛い……」


終わりを見た。

平然と受け留めたと思っていた結末は、気付かない内に心を蝕んで居たらしい。

あの時、前だけを向いていた私は、強く在りたいと願っていただけだと。
冷静なつもりで居て、私もただ必死なだけだったのかと今になって知った。


「幸せそうだった、な……」


穏やかな空気は外にまで伝わって……

当たり前だ。

恋次君が望んだ全てが叶って、全てが彼処に在ったのだから。



恋次君が少しでも後悔してくれたら良いなんて。
私と同じように傷付いて居てくれたら良い、なんて……


そんな事有る訳が無いと言いながら、心の何処かで願って居たのかと。

そんな己の醜さと向き合うには、まだまだ時間が足りないらしい。


続いている……


終わらない。
あんなに消えてしまいたいと願った私は未だ此処に在る。


「ねぇ……」





どうしたら

君を忘れられますか……










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