06「四宮っ」 名前を呼ばれて躯ごと捕らえられていた。 「檜佐木副隊長……?」 「このまま行ったら壁しかねぇぞ」 どうしてと顔にも出ていたんだろう、苦笑いした檜佐木君が少し心配そうに言った。 本当だ……。 目の前の壁に、言われて確認するまで気付きもしなかった自分に恥ずかしくなる。 ずっと、考え事なんかしているからだ……。 表面上は穏やかな日々が過ぎていた。 尸魂界も、瀞霊廷も、私達、も。 静か過ぎて不気味な程に……。 「ありがとう。……檜佐木君?」 「四宮、状況見えてねぇよな」 状況……? 言われて周りを見回せば、九番隊の方々が沢山居て…… 「これから討伐か何かですか?」 「……そっちかよ」 まだ頭が回ってねぇのかと苦笑いした檜佐木君が、そちらを振り向いて指示を出している。 何故だか皆さんが、ごゆっくりーと生温かい笑顔で去って行く。 「あの、討伐は……」 「巡回。が、終わったところだ」 あの人数で……? 巡回と言うにはあまりにも多い…… 「で、四宮はいつまでこうされててくれんの?」 「…………え?」 俺は嬉しいけどなって檜佐木君が笑っ……て……っ 「やっと気付いたかよ」 「…………っ」 どれだけ茫っとしていたのか。 ゆっくりと檜佐木君から離れながら目眩がしそうになった。 皆さんの前で大人しく腕の中に収まってたとかもう、恥ずかし過ぎる……。 解ってたんなら離してくれればいいじゃないと恨みがましく見遣っても、嬉しそうに微笑まれて力が抜けた。 「檜佐木君……」 「ん?」 「…………」 私の手から半分以上の資料を抜き取った檜佐木君が、当たり前のように隣に並んで歩いている。 余計な事を……とはもう言えなかった。 執務室で佇む私の耳に響いて来たのは、慌ただしい足音だった。 勢いよく開かれた扉の向こうには、何だか慌てた様子の檜佐木君が居た。 どうして檜佐木君がと思案する私の元に無言で近付いた彼は、その手を伸ばして私の頬にそっと触れた。 「こんな時間に灯りが見えたから」 それだけを言うと、何も言わずに私の手を引いて、一人では動けないと思った其処から私を連れ出した。 涙を拭われて、私は泣いていたのかと初めて知った……。 どうして私はその手を降り解かなかったのか。 どうして檜佐木君は、何も訊かずにいたんだろう。 目を向けた先には、柔らかく微笑む檜佐木君がいて、優しい眼差しを向けて来る。 それに少しずつ慣れて行く自分が怖いと思った。 檜佐木君は決して私の負担になるような話はしない。 他愛のない話を、返答さえも期待していないかのように、子守唄のように紡ぎ続ける。 あの頃からは想像も付かないような穏やかな時間に、檜佐木君の言うもしもが頭を過って頭を振った。 もしもなんて、もうない。 なくて、いい……。 目的の場所に着いて鍵を外せば、檜佐木君が外で待つからと言って立ち止まった。 「こんな場所で二人きりになって、襲わねぇ自信はねぇよ」 そんな風に、笑顔を造って。 でも違う……。 檜佐木君は……。 どうして檜佐木君の考えている事が解ってしまうんだろうと、また胸が苦しくなって行く。 きっと檜佐木君も、それを望んではいないのに……。 それでも云わずにいられなくて、ありがとうと呟けば 「何でそこでありがとうだよ……」 辛そうに顔を歪めて、檜佐木君が音を紡いだ。 もう不用意に伸びて来る手はない。 私も、距離を取る事はしなかった……。 好きだ…… 波紋のように響き渡る その、音は――… |