01その音が 聴こえますか――… 「何か、ご用ですか。檜佐木副隊長……」 就業後の引き継ぎを終えて隊舎を出る私を、待って居たのは檜佐木君だった。 捉えた瞬間、込み上げる胸の痛みとその後ろ姿からも目を逸らして、キュッと口唇を噛み締めた。 まだ、躯が彼の熱を憶えていた――… 恐らく彼は、私の存在に気付いている。そうして待っているんだと解る自分も嫌になる。 執務室に来てくれた方がまだ良かったと思うのに、それはしない。 逃げ場を与えてくれているようで、そうではない。 昨夜から…… 檜佐木君は、自分勝手だ。 「……仕事」 「はい…」 「…………辛く、なかったかと思って…。眠く、なかったか……」 思わず、唖然とした顔で凝視してしまったのは、彼の言葉が意外過ぎたから。 そんな事で……? 副隊長が暇な訳では無いだろうにと、そんな私の心境が伝わったのか、バツが悪そうに、気になったからと言った。 出来れば、もう関わらないでくれる方が有り難いのにと、細く息を吐き出して見遣る。 これが、彼の自然体なんだろうか…… 昨夜、全てを晒け出した檜佐木君は、まるで憑き物が落ちたかのように、何かを取り戻すように接して来る。 それが何なのかを隠しもしない。 もう、間違いたくない。 後悔ばかりしたくねぇ。 また、泣かせちまうけど――… 手を伸ばしても触れない距離を保つのに、それを超えてしまうのも簡単だと言われている気がするのは、昨夜の痕のせいだろうか……。 こうして話しているだけで息がまともに出来なくなるのに。檜佐木君の目の前に立つ私は、あの時と何一つ変わっていないのかと自嘲が洩れた。 「大丈夫、です…から、もう……」 「…………」 「……何です、か?」 此処には来ないで欲しいと伝えようとしたのに。 視線を感じて目を向ければ、じっと見詰める檜佐木君が居て落ち着かなくなる。 「いや、好きだなぁと思って」 「なっ……」 にを、言い出すのかと絶句する。 何で…… 「だから、泣かすかもっつっただろ」 本当に、悪いけど… 「私はっ」 「四宮三席っ!!!」 言葉を遮られて、此処が隊舎前だと思い出す。 「…………理吉、君」 「良かった、まだ居らして!恋次さんが、戻られたんですが……」 恋次君が…… その名前を聴いた瞬間、黒く渦巻いていたモノが消えて行く気がして、同時に胸の奥が激しく痛んだ。 「直ぐ、戻るね」 「四番隊に居ます!」 「………っ」 何で、と考える前に躯が動いていた。 恋次君――… 四番隊へと向けて踏み出した瞬間、剥き出しの腕が私を捕らえていた……。 「どうし、て……」 瞬く間に着いたのは四番隊で…、離される一瞬、抱き締める腕に力が籠められた。 「檜佐木君…」 「行け」 「……ありがとう」 瞬歩で連れて来てくれたらしい檜佐木君に背中を押されて走り出す。 たった一言。 泣き出しそうな顔で、行けと言う。 檜佐木君は…… いつも私に、消えない痕を刻み込む――… |