きみがすき | ナノ






06




白闇の中、私が意識を取り戻したのは、檜佐木君の腕の中だった……。


あの後も、こうしてずっと私を抱いていたんだろうか……


きっとそうなんだろうと思えたのは何故だったんだろう。


私は、何一つ言葉に出来ないでいた。
無言で涙を流す私に、檜佐木君は躊躇いがちに手を伸ばして、触れる寸前、その手を止めて強く握った。


その腕に捕らえて放さないくせに


握り込まれた拳と、歪められた表情に。
解りたくもない彼の葛藤を痛い程感じて、私は引き摺られまいと目を逸らした。


私の悪夢は貴方で、
出来れば二度と関わりたくなんかない。

そう云ってしまえないのは私の弱さか。

檜佐木君を好きだった私はもう居ないのに、どうして私はこんなに胸が痛いのか。


「紗也……」

「っ………」


名前を呼ばれるだけで、こんなにも痛くて、怖い。

聴きたくないと言いながら、耳を塞ぐ事もしない。

私は…
どうしたいんだろう――…



「俺は、間違えたんだ」






*


「四宮三席、どうかされましたか?」

「は、はいっ」


不意に掛けられた声に反応が遅れれば、理吉君がクスクスと笑ってお茶を机に置いてくれた。

お礼を云って受け取れば、恋次さんなら大丈夫ですから、安心してていいですよと微笑まれてしまった。


「…………」


恋次君は、昨夜帰って来なかった。

朽木隊長と向かわれて、お二人が難航しているなんて事は無いだろうと思う。
ルキアさんの位置特定に、手間取って居られるのかも知れない。

私は、お二人が留守の六番隊を守るだけ……

なのに……。


私が考えていたのは、昨夜の…… ううん、さっきまでの、長い夜の事だ。

仕事中に何をと思って歯噛みして、それでも持って行かれそうになる感情を止める術が無い。


四宮が好きだった。


檜佐木君はそう云った。
耳に残って離れない。
いつまでも響く声音で。


緊張して、何を言ったかも覚えてなかった。
話したい事、伝えたい事は解るのに。話せば話す程、四宮の顔が強張って行く。

自分の犯した間違いを知ったのは、情けねぇ事に全てが終わった後。
四宮を茫然と見送る俺に、周囲の喧騒が教えてくれた。

違うと叫びたくても、叶わない。
もう四宮は走り去った後で、全てが終わった後だった。

それからは、話し掛ける事もままならねぇ。
不名誉な噂に毅然とした態度を崩さない四宮に近付かない事が、俺に出来る唯一の事だった。


もしも間違えていなければ、俺の隣には四宮が居たんじゃねぇかって、何度も思って諦め切れなかった。

阿散井の隣で笑うお前は、俺のものだったかも知れねぇのに――…


懺悔のように紡がれる旋律は、今も響いて私を侵蝕して来る――…





理吉君が、何か有ったら呼んで下さいと退室して行った。
恋次君の居ない一人の副官室は、温かさを感じない。

立ち上がって恋次君の席に移動して、机に頬を寄せてみる。

恋次君が居ないことなんて珍しいことじゃないのに、どうしてこんなに不安になるんだろう……。


恋次君に会いたい。
早く、帰って来て欲しい。

そうしていつものように笑って、私の不安を消して欲しい。


恋次君が居ないと、私は夢の中に囚われたままだ。








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