▼ 02
「紗也さ、恋次先輩と、その……。付き合ってるんだよね」
昼休みの教室の一角で、歯切れ悪く問い掛けられて何だろうと思った。
うん……と、肯定を返しながら、心配そうに私を見る3人に不安が募る。
「何か、有った?」
「…………あのね」
余程不安げな顔をしていたのか、私の問いに3人で顔を見合わせた後、一番仲の好い薙也が意を決したように口を開いた。
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1642.gif)
そんな事ないよと返しながら、私は不安に駆られ続けていた。
『ずっと好きだったって言われたんだよね?』
『恋次先輩て、彼女いなかった?』
『紗也……、遊ばれてないよね』
テスト明けのあの日。
偶然、恋次先輩を見掛けたと言う3人が嘘を吐く訳が無い。
『恋次先輩、噂の彼女と居たよ……?』
あの目立つ恋次先輩を、皆が見間違える訳も無い……。
恋次先輩が嘘を吐くとも思えない、のに……
『今日は部活が休みなので、友達と遊んで帰ります』
今日は会いたくなくて、断りのメールを送ってしまった。
一人で悶々とするのも嫌で、皆と分かれた後も、こうして帰る事も出来ずに居る自分が情けない。
あの日、恋次先輩の携帯の着信音に、彼女かなと思ったのは私で。
私は、恋次先輩には彼女が居るってずっと思っていた事を思い出した。
忘れていたのか、敢えて気付かないようにしていたのか。
信じたい、のに……
自分の事さえ解らなくなって行く……。
「…………っ」
ぼんやりしながら規則的に足を動かしていた私の耳に、突然届いた大きな声に目を向けた。
視線の先に、此処で解散なーって騒いでいる何処か見覚えの有る集団に、慌てて近くの店先へと隠れていた。
だから、見間違いなんて無い。見間違う訳が無いんだ。
恋次先輩、と……
其所に居たのは恋次先輩の元のクラスの人達で、カラオケか何かの帰りのようだった。
隠れ、ちゃった……
別に悪い事をしている訳じゃないのに、ドキドキと早鐘を打つ心臓が鬱陶しい。
早く居なくなって欲しいと祈りながら、身を潜ませるように隠れていた。
今はまだ会いたくない。
会っても、普段以上に上手く話せないだろう確信だけが有った。
思えば、そんな風に浮かれた事を考えていられた私はまだ幸せだったんだろう。
「恋次、ちゃんと彼女送って行けよ」
「ああっ?」
「もう遅ぇんだからよ」
「言われなくても方向同じだっつのって、おいっ時間ヤベぇから走るぞっ」
「ちょっと待……」
…………っ
聴こえたやり取りは、想像もしていなかったもので、私は、その場に凍り付いたように立ち尽くしていた。
駅に向かって喧騒が遠ざかって行く。
気配が完全に断たれるのを待って、私は詰めていたらしい息を吐き出した。
ノロノロと足を動かして通りを覗けば、女の人の手を引いて駆けて行く、恋次先輩の後ろ姿が小さくなって行くのが見えた……。
時々振り返ってその人を気遣う、恋次先輩の表情は優しくて……
「莫迦みたい……」
好きだと云われて嬉しくて、幸せで……。
大事な事から目を逸らしてしまった結果がこれだ。
紗也が入学して来た時から好きだったんだよ
「嘘つき……」
やっぱり彼女、いるんじゃない……
「莫迦みたい」
分かっていたのに、
ずっと――…
そう云ってくれた恋次先輩の想いが私と同じだった事が嬉しくて、頭の何処かへ追いやってしまった。
「恋次先輩の気持ちが、私と同じ訳が無いじゃない……」
恋次先輩は、こんな私みたいな後輩をからかって何がしたかったんだろう。
何が会いたいよ
何が一緒にいたい、よ……
グルッと向きを変えて、反対方向へと歩き出す。
とにかく、少しでも先輩から離れたかった。
そうして黙々と足を動かし続けて人波から外れた其所で、タイミング良く震えた携帯にその名が表示されていた。
「今度は、何だって言うんですか……」
口唇を噛み締めて、登録したばかりのその名を震える指で消去する。
着信拒否なんて機能、初めて使った……
不意に大好きだった笑顔が浮かんで、泣きたくなんかないのに溢れる涙を乱暴に拭う。
「大っ嫌い……」
逢わなきゃ良かった……
あの日思った同じ想いを、今度は違う想いで強く思う。
「私は、手なんか繋いだ事無いし……」
今更そんなどうでもいい事を考えられる自分に嘲笑える。
真っ直ぐに目を………
あの日の恋次先輩は、
私を見ていなかった――…
そんな簡単な事にも気付けないくらい、浮かれていた自分に、呆れた……。
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