▼ 02
「紗也っ」
「恋次、先輩?」
不意に掴まれた腕に驚いて振り返れば、何だか慌てたような恋次先輩が立っていた。
走るようにその場を離れた私を、追い掛けてくれたんだろうか……。
「あの……」
先輩?と、背の高過ぎる恋次先輩を見上げるように窺えば、ぐっ と唸るように口籠って仰け反った。
「……あ、すみませ……」
「違ぇよっ!」
嫌だったかなと思ったら少し悲しくなって、謝った私に瞬時に返された声の大きさに驚いた。
目を見開いた私に焦ったような、困ったような。
何かを言いたそうに口を開いては閉じる。
そんならしくない様子に、何か有っただろうかと不安になった。
よく解らないけれど、そんな恋次先輩は初めてだった。
「……俺、よ、大学受かったんだよ」
「えっ!おめでとうございますっ!」
「おうっ…て、違ぇっ」
「はい?」
一体、何が違うんだろうか。
だからそうじゃなくてと、シドロモドロな恋次先輩の顔は、どんどん髪色に近くなって行く。
「紗也が、此処にいつも寄ってんのは知ってたんだよ」
「はい……」
そうだ。
先輩が引退する迄は、此処でよく遇った。
だから私は、来る度に恋次先輩を探すようになった。
姿を見掛ければ幸せで、学校以外でも会える、その偶然が舞い上がる程に嬉しかった。
「それでよ、此処に来たら紗也にまた逢えるんじゃねぇかって思ってよ」
「何か、用事でしたか?」
「いやっ 用事じゃねぇっつーか、用事か……?」
「はい?」
本当に、こんな恋次先輩は珍しい。
恋次先輩は、言いたい事はハッキリと云う。
都合の悪い事でも、誤魔化したりしない。
今、私の目を見ない恋次先輩は、何だか本当にらしくない気がして胸がざわざわする……。
「大学、受かったら。いや、受かるまではって我慢してたら気ばかり焦って、その……」
「恋次先輩?」
「やっと合格で、俺は……だ――っっ!もうゴチャゴチャ面倒臭ぇっ!紗也っ!!!」
「はいっ」
「好きだっ!!!」
…………はい?
今、何て……?と、固まる私には気付かないまま、真っ赤になった恋次先輩が一生懸命伝えようとしてくれている、のだけは解った……。
これは……。
都合の良い夢でも見ているんだろうか……。
「先輩、彼女は……」
「彼女?…って誰……紗也っ?お前っ 何泣いてんだ……」
自分でも気付かないうちに泣いていたらしい。
だけど、ずっとマイナスな事ばかりを考えて居たからか、頭が付いて行かない。
突然泣き出した私に驚いた恋次先輩が、オロオロと手をさ迷わせる。
ジロジロと好奇の目を向けて来る衆目に気付いて、私の荷物を奪うと人気の少ないコーナーへと腕を引いた。
「紗也……?」
泣き止まない私に、厭だったかって不安げに訊いてくれる、その声音が優しくて、何だか涙がどんどん溢れ出る。
違いますと言いたいのに声にもならなくて、ただ頭を振った。
「紗也が入学して来た時から、ずっと好きだったんだよ」
なかなか云えなくて。
修兵に、どんだけヘタレ言われたか……
ガクリと肩を落とした恋次先輩が、何処か不安そうな瞳を向けて来る。
私は……
恋次先輩は人気が有るとか、私じゃダメだとか。
そんな理由を付けては諦めてばかりいた。
一方通行にもならない、届いてさえもいない想いだと……。
「私も恋次先輩が好きでした。1年の時から、ずっと……」
「嘘みてぇ……」
って真顔で言う恋次先輩に、泣き顔で笑ったら
「この半年。マジ、気が気じゃ無かった……」
脱力してしゃがみ込んだ恋次先輩が、大好きな笑顔で笑ってくれたから……
もう、それだけで、幸せだと思えた――…
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