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学年末の試験からやっと解放された今日くらいは好きにすると決めて、ずっと我慢していた新刊でも買って帰ろうと、久しぶりに本屋さんに寄る事にした。
駅近に在るこの書店は品揃えが豊富で、文具から小物までもが充実していて私のお気に入りの場所だ。
今日は部活も無いし、ゆっくり満喫して帰ろうとお目当てのコーナーに足を向けた刹那、後ろから掛かった声に反応して心臓が跳ねた。
「紗也っ」
「恋次、先輩……」
吃驚、した。
卒業式以来、と言うか、先輩が部活を引退してからまともに顔を会わせる事も無かったから、そんなに驚くなよと苦笑いされても、私は多分、上手く笑う事も出来ていないと思う。
……の、前に、恋次先輩相手に平常心なんて無理だ。
「つーかお前、こんな時間に何やってんだよ。部活は?」
屈託無く笑う恋次先輩は、心臓が口から出そうな私になんて気付くはずも無い。もしかしてサボりかって頭をぐしゃぐしゃに撫でて来る。
それが、その手が、何だか懐かしくなって微笑ってしまった。
やっと笑ったなって、ニカッと返される笑顔も何もかもが懐かしいと、私は胸が熱くなるのを感じた。
頭を撫でるのは恋次先輩の癖みたいなもので、いつもその大きな手で子供にするみたいに撫でられた。
私は笑顔で返しながらも、対象外な自分が悲しかったんだ……。
「今日は試験明けですよ」
もう忘れちゃいました?と言えば、だからかよって失敗したような顔をした。
どうかしましたかと訊けば、こっちの話だとぶんぶんと手を振った。
そう言えばこの時期だったかって、失敗したとか何とか百面相をしながらまだブツブツ言っている。そんな恋次先輩が可笑しくて、私はまた笑顔を向けた。
変わらない。
変わらずにいてくれる恋次先輩が、嬉しかった。
「あ。じゃあ、私は行きますね」
話の途中だったけれど、恋次先輩の携帯が震えたのが分かって言葉を切った。
呼び止めようとした恋次先輩に気付いたけれど、聴いているのは悪いだろうと、そのまま挨拶をして背を向けた。
彼女……、かな
通話に出た恋次先輩が、女の人の名前を呼んだのが分かって胸が痛みを訴えた。
恋次先輩は人気が有って。
そしていつも、隣には綺麗な女の人がいた……。
私は恋次先輩が好きで。
ずっと片想いで、勇気も、自信も無くて。
告げる事も叶わない恋だったくせにまだ痛いとか……
そんな変えられなかった想いに自嘲の笑みが洩れる。
妹のように可愛がって貰っておきながら、それじゃあ厭だと思ってしまった。
彼女と帰って行く後ろ姿を見詰めながら、見ている事が辛くて目を逸らした。
もう止めようと、諦めた想いのはずだった。
「忘れてたのに、なぁ……」
足早にその場を離れながら、そんな想いまでが思い出されて、引き戻されるような感覚に陥る。
逢わなきゃ、良かった。
まだこんなに好きなんだって、気付かされるくらいなら……
そのくせ、此れでもう会う事はないのかなと思ったら、喉の奥が焼け付くように痛む。
私は相当我が儘だと嘲笑えた。
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