真昼の月 | ナノ









「一目惚れって有ると思うか?」

「…………」



昼飯を食いながら突然惚けた事を言う俺に、いつもなら珍獣でも見るような、頭湧いたんすかとでも言うような憐れんだ目を向けて来やがる、とにかく大袈裟な反応を見せる阿散井の反応が薄い。


って言うか、固まって無ぇかこいつ……


「おい……」

「……んで」

「あ?」

「何で知ってんすかっ!」

「はぁ?」




髪色より紅く頬を染める大男ってのもアレだが、どうやら阿散井も三ヶ月くらい前に一目惚れというのをしたらしい。

凄ぇ可愛いんすよって力説している阿散井が言うその女が、新入隊士ってのが気に掛かる。


「ソイツの名前って……」

「…………」

「何だよ」

「見に行かないで下さいよ」

「行くかっ!」


先輩は危ねぇとかブツブツ言ってやがるが、もう昔の俺とは違うんだっつの。
別人だったらそれで終いだ。


まだ何か言い澱む阿散井に、で、と凄んでやれば、渋々と言った態で口にした。




「ま、頑張れや」

「何すか、それ」


無理矢理聞き出しといて反応薄く無ぇっすかって憮然くれてるのにも構わず二人分の代金を置いて立ち上がる。


紗也じゃねぇなら関係無ぇし。


『薙也って、その友人らが呼んでたんで……』


その紗也じゃねぇ名前にほっとした。

例え紗也だったとしても譲る気は無ぇが、違うなら違うに越した事はない。


「先輩はどうなんすか」


狡ぃっすよって怒ってる阿散井に目を遣って、そう言やそんな話だったなと思い出す。


「一年も前に、一目惚れしたんだよ」


長いこと気付けなかったけどな。

今ならそれが一番しっくり来ると解るのに……


「……何だよ」


何をポカンとした間抜け面で見てやがる。


「……いや。先輩、どっか頭ぶつけたんじゃ、痛ぇっ!!!」


何するんすか!って喚いてやがるがやっぱりかよ。

今、俺がどんな面してるかなんて解っている。

紗也を思うだけで顔が緩んじまうくらい、俺は紗也が好きなんだ。


本当そろそろヤベぇ……


紗也の熱を知っている。
その滑らかな頬も、柔らかな口唇も……。


知っているからこそ、もっと触れたい。もっと深く、俺だけのものにしたいと切望して止まない。


気持ちが急いて、そろそろ止められそうにねぇ……。


……の前に、好きだっつわねぇとな。



今夜は早目に行けそうだ。

内緒で行って驚かせるのもいいかも知れねぇ。

俺を見たら驚いて、凄ぇ嬉しそうに微笑う紗也が目に浮かんだ。


本当に俺も大概惚けてんなと呆れるが、もうそれでいいと笑いが溢れる。


紗也が頷いてくれたら、遠慮ばっかりな紗也の手を繋いで陽の当たる此処を一緒に歩きてぇと、抜けるような空を見上げた。







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