陸『ありがとう……』 私を見付けてくれて…… そう言って紗也が、泣き笑いを見せた。 多分こいつは、俺を殺す気なんだろう…… 「紗也」 「あ……。こんばんは。檜佐木副隊長」 「…………」 「あの…。えっと、その。……修兵」 「よし」 視線をさ迷わせて、真っ赤になって修兵と呼ぶ紗也をよしよしと撫でてやる。 呼ばせてるとも言うが、この際それは置いておく。 俺は今、紗也に打ち解けて貰うのにもう必死だ。 只でさえ俺の立場に恐縮するわ、遠慮するわでとにかく逃げたがる紗也なのに。 加えて最初のアレが不味かったのか、取り付く島が無い状態とは正にあの事で。 とうとう焦れに焦れた俺は、また紗也の手を捕らえて握ったまま放さない強行手段に出たくらいだしな……と、再会の夜を思い出して目を反らす。 紗也に逢ってから、俺はこんな自分に驚いてばかりで、そんな自分が嫌じゃねぇんだ。 紗也は偶然見付けた此処で、隊務の後に一人で鍛錬していたらしい。 丁度俺と入れ替わりかと思えば悔やまれるが、こうしてまた会えたんだから良しとする。 とにかく、此れからが大事だと拳を握り締めて、何がだよと突っ込んだ。 「修兵……?」 「……っ」 どうしたの?と窺って来る紗也に心臓が跳ねる。 新入隊士の紗也に、名前で呼ばせるわ、敬語は禁止させるわ、無理難題を降っておきながら…… その度に心臓が壊れそうになるってどうなんだ……。 「…………そろそろ送って行く」 「……はい」 これも、あの夜から勝ち取ったもので、全力で拒否する紗也に最後は職権乱用で威圧して、隊舎まで送り届けている。 本音を言えば、こんな人気の無ぇ場所になんか来させたくはねぇんだが、これだけはと譲らねぇ紗也に、結局は俺も会いたかったんだ。 後は俺が来られない日にどうやって来させないようにするかだな……。 『それは出来ません』 『こんな人気の無ぇ場所は危ないからダメだっつってんだろ』 『今日まで誰にも、虚にも遇った事はないです』 そりゃそうだ。 俺だってそれが気に入って此処を使ってたんだしなと思う。 もう一歩だって譲りませんって態度の紗也に、俺が敵う訳が無ぇ訳で……。 俺が来られない時は、何が有っても九時までなと半ば強制して一応の着地をみた。 隊舎までの道を紗也と並んで歩く。 自分を送る事で、鍛錬の邪魔になっているんじゃないかと気にする紗也の手を握ったまま、相変わらずゆっくりとしたペースで。 紗也はあまり自分の事を話したがらねぇから、俺も無理に訊いたりはしない。 話したい事を話して、紗也が笑ってくれりゃいい。そうして時折、自分の事を話してくれるのを擽ったい想いで聴くだけだ。 新しい紗也を知る度に、少しずつ近付けている気がして嬉しい。 躯中から沸き上がって来る想いが溢れそうになる。 もう俺は、それを伝えたくて焦れてばかりいる。 誰かに取られる前に早く……。 そう思っては、まだ早ぇと自答する。 ゆっくり、紗也に合わせて進みてぇとも思う。 相反するこのもどかしい想いが、黙っていても伝わらねぇかと都合の良い考えに逃避しちまう程…… 「あの、お休みなさい」 「…………おう」 もう着いちまった隊舎前で苦笑いを噛み殺す。 また明日と頭を撫でる手を滑らせて、その頬に触れたいと願った。 |