真昼の月 | ナノ









会いたかったと伝えた俺の言葉に目を見開いた紗也は、何かを告げようとして諦めたようにその口唇を噛んだ。


俺は、その声が聴きたいと願った。




ジリッと下がりたがる紗也の手を先んじて捕らえて引き寄せていた。

そのまま抱き締めてしまいたい欲求には辛うじて耐える。

これ以上、怯えさせる訳には行かねぇと己れを律した。


窺うように見詰めて来る紗也には苦笑いして、あの日のようにその手を引いて座らせる。

縮こまる紗也には覚られねぇように息を吐いて笑い掛ければ、困ったような顔で目を伏せた。


そう言えば、まだ笑った顔を見た事がなかったと思い着いて、その笑顔が見たいと思った。

紗也が笑えば、どんなにか可愛いだろうと惚けた事も平気で思う程……

自分でもどうにもならねぇ想いが次々と溢れて止まらなかった。




「紗也……」

「……は、はいっ」


突然の俺の登場にか、それとも俺の階級にか。


あの日の別れ際のように怯えや戸惑いの色の方が濃い紗也の瞳を寂しく思う。

それとも……


嫌われちまったか…?


そう思えば有り得ねぇくらいに胸が軋んで、そんな自分にまた有り得ねぇと息を吐く。

その途端にビクリと揺れた紗也に慌てて笑顔を向けて、そう言う意味じゃねぇと訳の解んねぇ言い訳をする。

手を捕って直ぐ傍に座らせていた事を思い出して、また必死になっている自分が可笑しかった。


泣いていた紗也に無茶しちまったしなと、あの日の愚行に頭を抱えそうになるが、俺は何度でもあの日を繰り返す確信が有る……からもう、後悔しても無駄なんだよなと自嘲もしてみる。


泣き止んで欲しかった。
抱き締めてやりたかったと、色々と言い訳は有るものの、自分でも理解不能な感覚に陥ってしまって、止められなくなってしまっていたのも事実だ。


今は……。


どうしたら逃げないでくれるか。
怯えないでくれるか。
また会ってくれるか。


笑って、くれるか――…


そんな事ばかりを考えている。

また俺が抱き締めたいだけだろと思えば、渇いた笑いも盛れて来る。
紗也を抱き締めたいと伸びたがる手を、身体の脇で握り締める事で耐えていた。

この手も、腕も、躯も、口唇も……。
あの日触れた紗也を思い出して、戦慄いている。


紗也の熱に囚われる……。


ホント、ヤベぇ……。


今度は無理矢理にならないように、隣に座らせた紗也の手をずっと繋いだまま話し掛け続けていた。

離してやらねぇ時点で、もう無理矢理だろと言う都合の悪い考えは何処かへやっておく。

一年、ずっと焦がれていたんだ。


焦がれている事にも気付かないままだったけどな。


「後悔、してたんだ」


そう云えば、紗也が此方に視線を向けて来る。

その真っ直ぐな瞳に微笑み掛けて、握った掌に力を籠める。


「もっと、ちゃんと聴いておけば良かったってよ」


そうしたら、もっと早く見付け出せたのにな。


そう言って苦笑すれば、大きな瞳を溢れんばかりに見開いた紗也が俺を凝視していた。


「紗也?どうし……」


う、わ……っ


と思った時にはもう紗也は俺の胸に居た。

あの日、散々好き勝手に触れていたくせに。今は突然の事にただ莫迦みたいに手をさ迷わせるだけで触れる事さえ適わない。


この、俺が……っ


そう思っても、動かない身体はどうしようも無かった。

ギュッと抱き付かれて、身体の反応処か思考までが停止する。

五感の全てが麻痺する、
ような――…



「ありがとう……」



もう、この想いの正体を知っている。








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