参彼女に逢ったのは一年程前の事になる。 瀞霊廷通信の編集作業で根を詰めていた俺は、休憩がてらの息抜きにと執務室を抜けて、隊舎裏の丘へと向かっていた。 俺の気に入りの場所でもある其所は、夕陽がとても綺麗で、その時間帯にはいつも流魂街を見事な橙色に染め上げていた。 今日も夕焼けが綺麗だろうと向かった其処には、珍しく先客の姿が在った。 死覇装では無い後ろ姿に疑念を抱いて瞬時に霊圧を消して近寄れば、懐かしい制服が見えて毒気が抜かれた。 そうして、今日。 新入隊士の入隊試験が有った事をやっと思い出した。 迷子って訳でもねぇだろうがと首を捻って、このまま放っておく訳にも行かねぇかと更に近寄った其処で、俺は思わず息を呑んでいた。 彼女が、声も上げずに ただ涙を流していたから――… 見ている此方まで切なくなるような。 儚くて、このまま放って置いたら今にも消えてしまうと思う程に。 夕陽に照らされた彼女は哀しくて とても綺麗だった――… 無言で隣に腰を下ろせば、驚愕に瞳を見開いて此方を見る。 そのまま黙って立ち去る事がどうしても出来なかった。 霊圧を消していた事を思い出して申し訳なく思いながらも、此方を向いた事で逆光を浴びた彼女の顔が見えなくなっちまった事を残念に思う。 もっと、見ていたい らしくない思考に疑問も抱けないくらい、ただ見惚れるように見詰めてしまう。 やっと状況を把握したらしい彼女が、俺の死覇装に気付いて慌てて立ち上がるのも、当たり前のように制していた。 手を捕られて明らかに動揺しているのが解るのに、放してやらないままその手を引いて座らせる。 試験がダメだったのか 何か有ったのか 自分が哭いてる事にも気付いていないかのように静かに涙を流し続けるくせに、何を訊いても首を振るだけで声も聴けない。 俺は無性にその旋律が聴きたくて、涙の伝う頬に手を寄せた。 「云え」 聴いてやるから。 独りでそんな辛そうに泣くな。 そんな想いを籠めて、ゆっくり、ゆっくりと宥めるように触れて引き寄せた。 彼女がされるがままなのを良いことに、想うままに触れて滑らせて。 初めて会った女に、何でこんな事までしちまうのか。 自分で自分がよく解らなかった。 けれど、 「泣くな……」 コイツの涙は胸が痛ぇ。 「傍にいてやるから……」 宥めるように辿り続けた掌も口唇も、それはもう既に愛撫に近い。 華奢な躯は腕の中に収まって、境界さえも曖昧な感覚に陥って行った。 「……ぃ」 やっと聴こえた、聴き洩らしてしまいそうな程の小さな声音に、彼女を抱き締める力を強めれば、震えるその手が縋るように俺に回された。 其処から、滾る熱が波紋のように広がって行く。 「怖い……。明日には、消えてしまうかも知れない……」 彼女の小さな悲鳴が胸に響く。 「誰も……」 知らないまま――… その……。 言葉の意味が全て解った訳じゃなかった。 けれど。その場に居た俺にしか解らねぇ、確かに伝わるモノが其処には在った。 「此処に在る。お前はちゃんと在るから……」 口唇が触れる程の距離で瞳を合わせて伝えれば。 彼女が、祈るように瞳を閉じた。 それは合図でも何でもねぇ そんな事は解っていて、彼女の柔らかな口唇に羽のように触れて優しく食む。 決して深くならない口付けを、飽きることなく繰り返す。 彼女の心が、泣き止めばいいと願って――… 誰にも私が見えない それが怖い――… |