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  03


縺れそうになる足を必死に動かして紗也の元へと向かう。

一刻も早くと焦れるほど距離は遠く、


「っんで、今日に限って……」


流魂街でなんて呑んでんだよと手前ぇを罵ったところで意味も無い。


「くそっ……」


再び脳裏に浮かんだ泣き顔は俺の罪悪感の成せる業なのか。

あの日、紗也は泣いてなんか居なかった、けれど……


「違うだろっ」


絶対に泣いていた。
俺の、知らない場所で……。

泣かせてやる事も、文句を言わせてやる事もせずに、たった一言さえも怠って其の積み重ね。

其れがどういう意味を持つのかも考えもしなかった……。







「紗っ…………」


バン と開け放った、やっと辿り着いた紗也の部屋の前で立ち尽くした。

灯りの消えた室内には、自分の莫迦さ加減が知れる痕が彼方此方に散らばって居て、咽の奥が焼ける程に痛む。


「捨てんなよ……」


綺麗に片付き過ぎた室内には、紗也が痕跡を消し切れなかった今日の日の為に準備されていただろう筈の物達。

其の中に、何処にも見当たらない紗也の気配に焦燥とも違う感情がどっと湧き上がる。取り乱したい衝動を抑えて伝令神機を操作した。


「早くっ…………出ろっ」


頼むからと伝令神機を握って、祈るように額に押し当てながら無機質な音を聴き続けた。

ほんの数秒。其れが永遠にも感じる程……

終わりのみえない機械音が神経を逆撫でて、苛立ちを増した。





『、…………はい』

「っ…………ん、だよ……」


出てくれねぇんじゃねぇかと思った。

聴こえた声に、そんな情けない想いを吐き出すように、詰めていた息を一気に吐いた。
聴こえた声に心底安堵して、強張っていた躯中の力が抜けそうになったなんて、何れだけ怖かったのかと嘲笑える程だ。


「……紗也、お、前…何やっ……いや。其れより、今何処だ?今から行くから場所を……」

『………………』

「紗也?」


返らない声に訝って、通話が途切れでもしたかと声を掛ける。


「聴こえて……」

『来なくて良い』

「………………は?」



…………紗也?



「今、なん……」

『ごめんね、無理させたくて言ったんじゃないから……』


だから来なくて良い。


苦し気に、まるで自嘲するかのように綴られた言葉に胸が詰まる。


「っ、無理なんてっ」


してねぇ……、のに、



『途中で抜けるなんて…………出来る訳がねぇだろ……っ』



紗也に投げ付けた酷ぇ言葉が、其れを否定させてはくれなかった。


『乱菊さん、待ってるよ』

「違っ」

『良かったね』



一番に言って貰えた……?



「………だから」


何を言ってやがると思っても、俺の言葉を、まるで聴きたくないとばかりに言葉を紡ぐ紗也が信じられない。

会わねぇと、話さねぇと何も伝わらねぇ。失くしちまうだろうがと気ばかりが急く。

今こんなに必死になれるなら、どうしてもっと早く言葉にしてやれなかったのかと後悔ばかりが沸き上がっても……


『………私が一番に言いたかった。其れは私の我が儘だったけど……、其れがもう迷惑なんだって、気付けなかった』



違う――…



何か、言え……っ


そうじゃねぇって、早く、と命令しても、喉がカラカラに貼り付いて声には成りそうにない。

伝令神機の向こう、表情の見えない紗也が淡々と紡いで行く言葉を止められない。


我儘なんかじゃねぇって。
迷惑なんかじゃねぇって。

こんなに好きなんだって。


云える時に、言うべき時にちゃんと伝えておかねぇからこんな事になる。


「俺は紗也が、」

『私は……』



もう無理みたいだ……



どんなに叫んだって、伝わらねぇんだろ……っ







俺は……。

終わりなんて、此れぽっちも考えてなんていなくて。紗也の言葉に、何一つ言い返すだけの物を持っていなくて。

ただ何も出来ずに、終わりを傍観するしか出来ない。

伝令神機の向こう側。

姿なんて見えなくたって、其の表情一つでさえも容易く想像出来るのに……っ


願った言葉を聴く事も叶わないまま、突き付けられたのは紗也を失った現実で。


『じゃあ、行くから。切るね』

「何、処に……」

『現世。この前、話したんだけど……』


聞いてくれてなんて、居なかったよね……。


そう言って苦笑しただろう紗也が、今度こそ躊躇いもせずに通話を終えた。



ツ――… と鳴り続ける、終わりを示す音だけが耳に煩い。

会ったら、もしかしたら何も無かったように笑ってくれるんじゃねぇだろうかと思っていた、都合の良過ぎる考えを捨てた。


「……………」


息が、止まる……


其れでも、今直ぐに捕まえねぇとと思うのに、叶わねぇ事がこんなにも怖い。



次の修兵の誕生日は、一番におめでとうって云わせてね。



忙しくて、なかなか時間の取れない俺に気遣って、其れだけで良いと笑ってくれた紗也に、



大した事じゃないから……



そんな風に言わせては、無理に微笑わせてしまった。



『そんなんで良いのかよ』



照れ隠しから不機嫌を装って、ぞんざいにしか云えない俺に、あんなに嬉しそうに頷いてくれたのに……。


今更謝ったって、俺が言った酷ぇ言葉は消えねぇし、今となっては約束の一つも守れない。


ズルズルと壁に凭れて力無くしゃがみ込んでは頭を垂れた。


此の一ヶ月、まともに顔を見れてさえ居なかった。



五分でも、一分でも……
ほんの少しで良いから会いたい。




約束も、手前ぇの誕生日も忘れていた。其れでも、紗也が願ってくれた僅かな時間を叶えてやれねぇ程に忙しかったのかよともう自戒の念しか出て来ねぇ。


湧き上がる喪失感に、耐えるように拳を握った。


俺には、泣いているだろう紗也を抱き締める権利だって、もう無いんだ……。






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