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  02


泊まって行くと思っていた紗也が、明日は早いからと立ち上がって帰宅を告げた。

そんな事を言っていたかと疑問を口に仕掛けて、話をちゃんと聞いてやらなかった事実が其れを躊躇わせた。

送ると言えば、疲れてるだろうとやんわりと断られる。

帰って行く後ろ姿に、何とも言えないモヤモヤした想いが沸き上がっても……


紗也がそう言うんだから大丈夫だろ……?


そう、自分を正当化した。







「ちょっと修兵、聞いてるのっ」


何を茫っとしてんのよと文句を言うのは乱菊さんで、珍しく差しで呑んで居たりするもんだからご立腹なのも頷けた。

すんませんと謝って、「其れでウチの隊長ったら……」と続く愚痴に相槌を打つ。

止まっていた杯を煽りながら確認した時刻は、ちょうど日付を跨いだところだった。


まだ、寝てねぇよな……。


今から帰れば、まだ紗也は起きているんじゃないかと思った。


改めて思い返せば、忙しかったイコール、紗也にも会えて居なかったと同義で。良く考え無くても、あの日が久しぶりに二人で過ごせた時間だったと今更に思い至った。

忙しい俺を気遣って、紗也は文句も云わずに居てくれたのにと、ぞんざいな態度しか取れなかった自分に後悔ばかりが先に立つ。


あの日、小さくなって行く後ろ姿はとても哀しく頼りなく見えて……。

『明日早いから』と言った紗也の言葉を訝りながらもただ頷いた俺に、一瞬だけ見せた表情が今更に突き刺さる。



『送らなくて良い……』



送ると言った言葉を否定した。

あの言葉は、紗也からの拒絶だったんじゃねぇかって、急に胸に渦巻いた想いが俺に焦燥をもたらした。


「乱、菊さんっ……」

「「「檜佐木副隊長〜っ!?」」」


やっぱり今日は此れでと立ち上がり掛けた時、聴こえて来たのは賑やかな一団の声で。

やだ、ホントだと、すっかり出来上がっているんだろう、普段以上に喧しい自隊の部下達の様子に眉間に皺が寄った。


全く……。


こんな遠い流魂街の外れで、こんな遅くまで何呑み歩いてやがると溜め息を吐いて、お前らも明日は仕事だろうとたしなめるべく口を開く。


「お前らな……」

「「「誕生日、おめでとうございま〜すっ」」」

「…………は?」


誕生日……って、誰のだ?


せぇので告げられた言葉の意味が、上手く頭に入らない。

呆ける俺に、もしかして忘れてました?と、一番乗りだとキャラキャラ笑う声が耳に煩ぇだけで……


「今日はもう、日付が変わって十四日ですよっ」

「………………っ」


繋がったピースに、祝いの言葉や周囲の喧騒が無声映画のように切り替わる。


紗也…………


頭に浮かんだのはたった一人。



『そんな大した用でも無ぇんだろ』

『………そうだね』


しつこく言ってごめん……




あまり見た事のない泣き顔だった……。










軽い酔いなんて一気に吹っ飛んで、茫然と目を遣った先に在った乱菊さんの、初めて見るんじゃねぇかってくらいの蒼白な顔で、間違いなく今日が何の日だったのかを覚って足が動いていた。



『大した事じゃないから、良い……』



「……って、何って事を言わせてんだよ俺はっ」


震えそうになる足をぶっ叩く。


俺の立場も、忙しさも、全て解ってくれていた紗也が、


『一番最初に、おめでとうって言わせてね』


其れだけでいいと、望んでくれていたのに……。


忘れていた約束も、紗也の小っぽけな願いも。

今更、沸き上がるように思い出しては自分に反吐が出る。


「次っていつだよ……」


傷付けて、
誤解させたままで。

『違う』と、其のたった一言を何で直ぐに言ってやれなかったのか……。

俺はどれだけ、紗也を悲しませたままで居たんだろうか。


「次なんて保証が、何処に有んだよ……っ」


懐から取り出した伝令神機が手に付かねぇ。
ギュッと力を入れて、やっとの事で呼び出した名前を舌打ちして消した。


会わなきゃダメだ。


じゃねぇと終わってしまう……


そんな事だけは確信出来て、嘲笑えた。








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