▼ 18
紗也――…
耳にこび付く修兵の声を消したかった。
「紗也……」
触れる掌の温度も、其の大きさも強さも修兵とは違うと解っていて、其の優しさに縋る自分の弱さが嫌になる。
忘れたかった。
終われない、修兵に囚われたままの私を消したかった。
必死に足掻いて、もがいて、其れでも叶わないとしたなら、此れ以上、私はどうしたら良かったんだろうか……。
「紗也……」
「………っ、ん…」
だから優しくなんてしないで良い。
乱暴にしてくれて良いんだ……。
こうして与えられるモノに甘えるばかりの私に、優しくされる資格なんて、無…い……っ
「阿散井、副隊、長っ……」
「…………」
「そんな事、しないでっ」
痛くたって良い。
寧ろ、そうしてくれた方が良い。
なのに、こんな……
「あ、厭っ……だっ……」
躯を辿る掌が、胸に埋めたままの口唇が、ゆっくりと丁寧に愛撫しては執拗に攻め立てる。
必要無いと訴える私を無視する口唇がずっと含んでいた胸の尖りをやっと解放して、其のまま躯を準えるように下肢へと這った。
「待っ――…っ」
力の入らない抵抗に、阿散井副隊長を止める力は無い。
「やっ……阿散井副隊長っ……厭っ!何で……」
「好きな女を抱くのに、乱暴にしてぇヤツが居るかよ」
「っ………」
…………え?
と、瞳を見開く私を映す深い紅。
嘘でも冗談でも無い、
真剣、な――…
「だから、後悔するっつったろ」
「阿散井、副隊長……」
紗也が、好きなんだよっ……
「俺は、善人なんかじゃ無ぇよ」
其れくらい解れと、痛みを吐き出すように告げた後。
阿散井副隊長はもう、何を言っても聞き入れてはくれなかった。
もう、おかしくなるくらいに達かされる。
私はずっと、喘ぎ続けるしか出来なくて……。
「―――……っ、ァ あ、――…っっ」
…………頭が、真っ白になる――…
「紗也……。今なら、止めてやる」
―――……っ
「………後悔、するなら、止めて下さい」
私の言葉の一瞬後、全てを理解した阿散井副隊長が眉間に皺を寄せた。
「……俺がする訳、無ぇだろっ」
「うん……」
……本当に、此の人は……
こんな時にまで、莫迦みたいに優しい。
「私は……、っ、やっ」
再び与えられた熱に遮られた言葉は、意味の無い音にしか成らなかった。
止めどなく襲い掛かる波を逃すように首を振る。
抑え切れずに漏れ出てしまう嬌声を聴きたくなくて、必死に口唇を噛み締めて瞳を瞑った……。
「紗也っ!!!」
修、兵……?
キツく閉じたはずの視界に、どうしてだろうか……。
今度は、茫然と立ち尽くす修兵が見えた気がした。
私は、莫迦だ……。
こんな今に在ってさえ修兵を想うのか。
こうして未だ醜く足掻く私は、本当にどうしようもない。
何を思ったって、何を期待したって、其れは私が創り上げた都合の良い虚像で。
そうで在って欲しいと願う、私の最後の悪足掻きでしかないのに。
修兵は新しい恋をして、もうあの娘と一緒に前を向いている。
終わりを受け入れられなかったのは、私だけだ……。
修兵は部屋に帰ったかな。
綺麗に片付いた部屋を見て、少しは私を想ってくれただろうか。
こうして阿散井副隊長に身を委ねながら修兵を想う私は、滑稽でしか無いんだろう……。
其れでも、私は此れで、やっと終わりを受け留められる。
此処からやっと、始められる気がした。
「紗也……っ」
「っ……」
「閉じてないで、ちゃんと見ろ」
忘れたいなら……
大事なモノは――…
「うん……」
私は、修兵に手放された。
今、私を抱く此の腕は、阿散井副隊長のモノだ――…
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