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『もう少ししたら、やっと非番が取れそうだから』
遅くなって、
迷惑だよね、
本当にごめんなさい。
申し訳無い、そんな思いばかりが伝わる文面に顔が顰まる。
そんな電信が届いたのは、紗也と別れてから、二週間も経とうかというところ。
別れてからずっと、一言すら交わす事の無かった、紗也からの初めての連絡だった……。
紗也が俺を責める訳がねぇって解って居る。
其れでも、
「何で、何も云わねぇんだよ……っ」
せめて、文句の一つでもぶつけてくれたなら……。
そう、其所までを思って自分に舌打った。
俺の何処か判然としない想いや、沸き上がる焦燥を知る由も無い紗也が言う『迷惑』は、間違いなくアイツに起因するモノで。
結果、嘘になってしまった言葉は最悪の形で受け止められたのだと判る。
紗也にだけはと強く願った想いは届く事は無く、今更伝える術も……、本当はそう思う資格さえ無いんだろう。
出来るなら、今直ぐにでも飛んで行って誤解を解きたい。
好き勝手に騙られる噂を否定したい。
『紗也を捨てたアンタが、今更何を言ってんのよ』
そんな事を洩らした俺に返って来たのは、乱菊さんの呆れた台詞で、
『っ、捨ててなんかっ……』
いねぇって。
そんなつもりじゃ無かったと、まだ俺は同じ事を思うのかと辟易した。
『邪魔な物は、好きに処分してくれて構わないから』
忙しさに時間の取れない事を、本気で申し訳無く思って居るんだろう紗也に悪態を吐いては軋む胸。
「本当、痛ぇ……」
今まで当たり前に在ったモノ。
全てが当然で、在って必然だったモノを『邪魔』だと思う事が有る訳ねぇだろ。
俺がそんな風に思う訳がねぇって、思って貰えなかった事が痛かった。
自業自得……。
……だから、もう違ぇ。
もう、そうじゃねぇだろ。
フッと自嘲気味に息を吐き出して、持ったままだった伝令神機を操作した。
『忙しいんだから急がなくて良いからな。いつでも構わないから自分の躯を優先しろ』
其れから……。
寒くなって来たから、夜は暖かくして……
紗也は風邪を引きやすいんだか、ら………
「………って、阿呆か俺は」
胸に苦い想いが湧いて、溜め息と共に力任せに消去釦を押した。
「クソ」
軋む程に握り締めた伝令神機を、額に押し当てた……。
心配で、気になって、書類に託つけて顔を出した六番隊で紗也を探せば、直ぐに其の姿を捉える事が出来た。
『紗っ……』
少しだけ痩せて見えた後ろ姿。
思わず掛けそうになった声を押し止めて、気付かれないようにと窺った。
元気が無い、ように見えるのは俺の願望か。
けれど、時折いつもと変わりない柔らかな笑顔が見られてほっとする。
「っ……」
ほっとした……、のも束の間、ドス黒い何かが、内から一気に沸き上がったのを感じた。
紗也の傍には阿散井が、いた。
何をするでもなく、ただ寄り添うように傍にいる阿散井に、何処か申し訳無さそうな微笑みを返す紗也……。
時には、困ったように微笑うだけの紗也を笑顔にさせようと、必死になっている阿散井だって見た。
此の一ヶ月、そんな二人が一緒に居るところなんて何度も見て来た。
お前じゃ、ねぇよ……
其れに対し、モヤモヤしながらも何処か余裕のようなモノを感じていた。
其れが……
燻っていたどす黒い塊が、一気に怒りとなって姿を変えた。
阿散井が、じゃねぇ。
紗也が、
阿散井を見て、
微笑った、からだ……。
「檜佐木副隊長……?」
どうかされましたか、なんて戸惑うように問われる声も耳に入るだけ。
紗也に、触れるな……
其れは俺のだと、躯中の血が沸騰する程に熱くなっていた……。
紗也が笑っている……。
俺じゃない誰かに向けられた笑顔に、得体の知れない何かが躯中を突き抜ける。
其れはまるで、
紗也の中での、『終わり』みたいだと……。
「『みたい』じゃねぇよ……」
莫迦じゃねぇのと吐き捨てる言葉に覇気は無かった。
終わりを始めたのは、
「俺だろ……」
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