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  09


四宮紗也が、檜佐木副隊長を新人に取られたらしいよ。


俺と紗也が別れたなんてもんじゃねぇ口汚い噂は、あっと言う間に瀞霊廷を駆け巡っていた。


何でだよ……


まだ紗也別れて数日も経ってねぇ。其れに、取られたとか言う話でも無ぇだろっ……。

そうは思っても別れた事は事実には違いなくて、否定してもやれない事に焦燥が燻る。

彼女を傍に置けば、謂わずともそうなる事くらい簡単に予想出来たはずだ。

腹の奥底に巣食っていた何か、小さな塊だった其れが痛みとなって存在を主張した。



『アンタ、何やってんだよっ……』


何かの冗談っすよね。


噂を聴いた阿散井が、そう言って笑った。

そうして、其の表情が一転したのは、俺が其れを肯定したからだ。


『…………は?』

『だから、別れたのは……、間違いじゃ無ぇよ』


信じられないと言った顔をして。
見る見る其の表情を怒りに変えて……


『ア、ンタはっ………


何かを言い掛けた言葉をギリッと音が鳴る程に噛みしめる事で止めた。
口惜しそうに歪めた顔を隠しもせずに退室して行くのを、俺は何も云えずに見送っただけだ。


阿散井は、紗也を可愛いがっていたから……。


乱菊さんも、吉良も、雛森も、皆。

一様に大差ねぇ表情で俺を見遣っただけ。


『アンタがそんな莫迦だとは思わなかった』


其の言葉が、ヤケに胸に突き刺さった。



他に気になるヤツが出来た、其れは仕方が無ぇ事じゃねぇのかよ?

俺だけがおかしい訳じゃ無ぇ、そう思った。


『何でだよ……』


紗也を嫌いになった訳じゃ無い。
今も思えば、こんなにも気に掛かってしまう自分がいるのも確かで。

其れでも、『そう』だと思ってしまったら。
まだ不確かだとしても、そんな想いに揺さぶられる俺が、何喰わぬ顔で紗也の傍に居続ける事の方が、残酷なんじゃねぇのか……?


『そう』だと思った気持ちは間違いないはずで、いずれは、とも思っている。

いた、はずだ。


『アンタはっ 本当に其れで良かったのかよっ……』


なのに、何れもが本当だったはずの答えが、今、こんなにも俺を不安にさせる。



修兵……



「檜佐木副隊長っ!私の話を聴いてますかっ」

「、いや、悪ぃ……」


もうっ と怒る姿に苦笑して、流石にこういうところは紗也とは違うなと思う。

人目を憚る事なく甘えては口を尖らせるのは幼さ故か……。

いや、紗也は入隊した時から公私の区別はきっちりしていたと、当時の、まだ少し院生の名残を残す紗也を思い出しては微笑が溢れた。


「檜佐木副隊長っ?」

「…悪、い………」


またっ!と、今度は強く腕を引かれてハッとする。

再び謝罪をしながら、まるで周りに誇示するような声も態度もが、心の何処かに引っ掛かっては痼を痕した。


『待ちます……』


そう言ったはずの言葉は何処かへ消えて。

恋人然として離れないコイツのお陰で、後を追うように流れ続ける心無い噂は、今も酷く紗也を傷付けている事だろう……。

そう思えば吐き気までがするようで、不快感渦巻く胸に拳を押し付ける。



ちゃんとしてから……



意図せずして紗也にそう云った言葉は、決して紗也を傷付けたくて吐いたモノでは無かったのに。

そう言いながら、今が其れを肯定する。


結局、傷付けたなんてもんじゃねぇだろが……。


解っていると言ってくれた紗也を、一番酷い方法で裏切った。

其の事実が無性ににキツい。

別れたんだからもう良いなんて、そんな簡単なもんじゃねぇんだ。


ちゃんと、紗也との事が、紗也が落ち着くのを待ってからしか、コイツとどうこうするつもりなんて無かった。


嘘じゃねぇ……


今更でも、
其れがどんな都合の良い話でも、

どうか、ただ紗也にだけは信じて欲しいと、

願った――…







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