SSS | ナノ

   44


『檜佐木さん……』



「っ、……」


ここに居るはずの無い、アイツの声が聴こえた気がした。


「……アイツは、俺の名前なんて呼ばねぇか……」


と思い掛けて、最後に見た、今にも泣き出しそうな顔を思い出して舌打った。


直ぐに戻ると言っておきながら、山と積まれた仕事に其れも叶わず。また約束を反故にしたまま、あの日と同じ。きっと一人で泣かせてしまっただろう彼女の事を思えば、身動きの取れねぇ事態に苛立ちが増した。


『だったら……』


と、泣かせてしまったのは俺の弱さで。お前が思うような理由じゃねぇんだと、伝えてやれねぇまま今に至っている。

いつも一方的に与えていた熱。思うままに触れて、欲するままに奪う振りで自分に自制を掛けていた……。


触れるだけのキスを繰り返して薄く開いた口唇を優しく食んだ。少しだって傷付けたくはないと、もっと、と彼女へと伸びたがる手のひらを強く握って、洩れる吐息に痺れる脳髄はギリと奥歯を噛み締めて遣り過ごした。

だから、咄嗟に彼女を引き剥がしていた。

茫然と俺を見遣る彼女に失敗を覚っても……。


初めて彼女から与えられた熱に躯が脈打った。今云われたら、止まる自信は無ぇと遮って……。やっちまったと思った時には遅かった。


傷付けた、だけじゃない。

あれじゃあ……



『私で遊ぶの止めて下さい!』



まるで、アイツの言う遊びみたいじゃねぇかと……


「クソ……っ」


会いたい。

叶うなら、今直ぐにでも飛んで行ってアイツに触れたい……。



『なぁ……』


もしも、何をしても許されるんなら……




「今すぐアイツを……」


そんな、狂気が芽生える程に――…






*


「…………おい」

「はいっ」

「誰か……、来たか?」


巡回から戻った副官室で、違和感を感じて補佐官を呼び出した。

辿り切れない微かな痕跡に眉を顰めれば、「ああ、其れは……」と直ぐに答が返って来た。


「っ……」

「檜佐木副隊長っ!?」

「悪い!少し出るっ!」


『阿散井副隊長が何て言うか、綺麗な女性を伴って訪ねて来られました。檜佐木副隊長のお知り合いとの事で、副官室でお待ちになると仰られましたのでお通ししましたが、お会いになりませんでしたか……』


其の全容を聞き終えると同時に、俺は文字通り副官室を飛び出していた。


アイツが尸魂界に居る。

何故かは知らねぇ、が、そうしてアイツは此処に来て、今その姿は何処にも無い。


「阿散井は緊急召集されたはず……」


なら……


「っ……」


アイツは机の上の書類を見たはずだ。


俺は何れだけアイツを傷付ければ気が済むのか。何れだけ……


「間が悪ぃんだよ!」


もういい加減にしやがれと、怒りのままに脹れ上がる霊圧を抑える術は持たなかった。





prev / next


[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -