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「遅ぇ」

「……普通にお帰りって言えないんですか」


見慣れた自室に見慣れた人物。

本来なら有り得ない光景に慣れ切った残念な自分……。


「……今日はちょっと友達と、」

「黒崎はどうしたよ」

「えっ……と、今日は予備校の説明会にも行ったので、黒崎君とは別で、あの、」


これでも早い方なんですと言えば、ピクリと反応した眉が見て取れて、何となく嫌な予感に喉が詰まった。


黒崎君と一緒なのがダメな訳では無かったのか……。


「……あ、えっと、今回は心配しなくても大丈夫、で」

「…………」

「だからですね。遅い時は眼鏡のコ、石田君?が予備校が一緒みたいで、家の前まで送ってくれる事になってますか、ら……」


遅い帰りを心配してくれているのかと思いきや、大丈夫の理由を述べれば述べる程……


「私、何か怒らせるような事を言いました?」


降下速度が増して行くのは何故だろうと途方に暮れた。


「あの……」

「…………」


どうして私はまた……


この人を怒らせてしまうのかと泣きたい気持ちにさせられる。

出来ればこの人と過ごす少ない時間くらい、


「………らって」

「…………あ?」

「………………」

「どう、し……」

「怒らないで、笑って下さい……」


この人の笑顔を見ていたい。


そんなに多くは、望まないから……。


「怒……ってる訳じゃ、無ぇよ」


面倒臭ぇ理由が有るだけだ。


だから泣くなと抱き寄せる腕は、まだ少し乱暴な口調とは違って優しいモノで。


「だったら……」

「言えたら苦労はしてねぇし」


俺が……


と呟かれた言葉の続きは聞く事は叶わなかった。
けれど……


「ガキには解んねぇ事情が有んだよ」

「そ、う……ですよね」


もう、それで良い。







「………あの」

「何だよ」

「恥ずかしくて倒れそうなんですが……」

「仲直りの定番だろ」


我慢しろ、と寄せられた頬。

まるで、あやすように触れる口唇が優しくて……



「っ、………………」



そっと、その口唇を食んで腕を回した。

途端、この人の揺らいだ躯に気付いたけれど、


一度だけで良い、


そう、自分の浅ましさから目を背けた。



「私、は………」



貴方が……










「やっぱり、綺麗だった……」


見れるかなと思った星は、地上の光に邪魔されて数える程しか見る事は叶わないけれど、無数の光源が揺らめく様は綺麗だと思った。


ズ… と鼻を啜って、瞬きを繰り返す。

あんなに耐えられないと思ったあの列に並んで、恥ずかしいなんて思う事も無いまま一人で乗り込んだ。

誰も私の事なんて気にもしていないと覚れば、絶対に無理だと思って居た自分が莫迦みたいに思えた。


「あーあ……」


せっかく、覚悟を決めたのに。



『私は……、好、っ………』


好きですと、伝えようとした私を止めたのはあの人の大きな掌で。


『っ………………』


茫然と見遣る私に向けられた瞳は、キツく顰まっていた。


怒ったような、困ったよう、な……。


どちらにしても歓迎はされていない難しい表情に、解っていたはずの痛みが躯中に走った。


たった一度だけと決めて伸ばした手は、あの人に届く事は無かった……。





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