32
「今度は『過保護な兄貴を怒らせない方法』かい……」
「………………」
呆れた視線を向けて来る悪友に、ただもう黙って頷きながら目を伏せた。
黒崎君に送られて自宅へと帰る途中、突然、線が走るように現れた影はあの人だった。
『……っと、悪ぃ。虚か何かかと思ったんだよ』
声も出せない私とは違う、直ぐにあの人に気付いた黒崎君が、私を庇うようにして立っていた躯をずらして視界を開いた。
『っ………』
何が、と言う訳じゃ無いのに、何かを感じた躯が一瞬だけ強張った。
あの人から発せられる空気の揺らぎが怖かった。
遮る物を失った事に、無性に不安を感じてしまっただけ。
ジリ と逃げたがる躯は無意識に黒崎君を捉えて、それが不味かったんだとは後になって聞いた事だ。
帰りが遅くなっていた事。雨に降られて、ずぶ濡れの所を偶然見付けたんだと。
『雷も凄ぇし、あのまま送ってくより俺の家の方が被害が少ねぇだろ』
だから連れ帰ってたんだと言う黒崎君の言葉を、聞いているのかいないのか……。
あの人が黒崎君の言葉に反応する事は無いまま、一頻りの説明が終わる前、躯に感じた圧迫にぐっと何かがせり上がる。
『あ……っ、………』
『…………』
それでも、もしかしたらと。帰りの遅い私を捜してくれて居たのかも知れないと、意を決して掛けようとした声は緩む事の無い強い視線に晒されて、言葉に出来ないままに終わった。
あの人が一言も発しないのは怒気を抑えて居るからだと、だんだんと遠くなる意識の外に思う。
その理由が判らないのなら、意味なんて無いのに……、
『っ……』
もう嫌だと、涙が溢れ出る寸前、強い力に躯ごと引かれた。
ぐにゃりと捩れた視界。
歪む視界の端には、はぁ―…、っと溜め息を吐いた黒崎君が見えた。
prev /
next