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  嫌いになる方法


一体、何がどうしてこんな事になっているのか……。


「………あの」

「何だよ」


この上無く甘く感じる空気が居たたまれなくて、恥ずかしさを誤魔化すように声を掛けてみた。

みた、は良いんだけど……


「今日は、居て良いんだろ?」

「………………」


それは構わないんですが……。


「そう、じゃなくてっ……」

「何でも言う事を聞くっつったろ」


なんて言って耳元に口唇を寄せるから固まってしまった。


「言ってな……」

「言ったよな」

「は、い……」


貴方がね!とは言えずに頷かされた私を確認した後は、有無を言わせず腕に収めたきり。帰る寸前も寸前、これはもう、いつもの『解錠』を唱えるまでは放してくれそうに無いと泣きそうになった。


本気で拉致られたらどうしよう……。


そんな莫迦な心配が過る程、有り得ない密着率で構い倒されて、惚けた思考は沸騰して溶け出してしまいそうだ。


それもこれも……


「全部 阿散井さんのせいだ……」


なんて、ここに居ない紅髪ロン毛を呪ってみても意味は無いけど……。






「お前らいい加減にしろよ……」

「‘ら’で括るのは止めてくれませんか」


またまたあの人が帰った翌日に、予告無く現れた阿散井さんは相変わらずの物言いで。

あの人といい阿散井さんといい……。どうしてこう毎回毎回、来たと思った瞬間、文句ばかり言うのかと嘆息した。


「………………」

「何だよ」

「いえ、別に」


だったら態々、こんな遠い?所まで来なきゃ良いじゃないですか。


なんて至極真っ当な正論を吐いてみた所で、居座る気満々の阿散井さんに通用するとも思えなくて溜め息と共に向き直った。


「出来れば手短かにお願いします」


今日は阿散井さんで遊んでいる暇は無い。

今は本当に正念場なんですからと、内心で毒吐いた。



「で?」

「で?って言われても……」


あの人が、また彼方の世界で不機嫌……いや、今度は拗ねているらしいと聞いて、今回ばかりは何となく、思い当たる節が無い事もないと昨夜のおかしな様子が頭に浮かんだ。


「………ちょっとの間、来ないで下さいって言っただけですよ」


最近では当たり前の光景になりつつ在る、あの人の彼方の世界への帰り際。

『来週、な』と思いの外 沈んで見えた後ろ姿が気になって、久しぶりに姿が見えなくなるまで見送った。


「何でそんな事言ったんだよ……」

「って凄むの止めて下さい。只でさえ顔が怖いんですから」

「手前ぇ……」


私にだって色々有るんです。



『明日から暫く来ないで下さい』


そう言っただけだ。

なのに、


『俺、何かしたかっ』

『ちょっ、待っ……、え?』


そうか、とでもアッサリと了承されると思ったそれに返されたのは思わぬ反応で、


な、に………


と問い掛けようとした疑問は、ガクガクと揺すぶられる振動と共に霧散し掛けた。


『目が回っ……って言うかっ!何を急にそんな必死になってるんですかっ!!!』


何かしたか……って、そんな問い質すように言わなくっても何も……いや、


『………いっつもするからじゃないですか……』


何かしたかの意味合いが違うけど。


『は?聞こえねぇよっ!』


もっとハッキリ聴こえるように言え!と、必死に言われても言い難いものは言い難い。


『あの、ですね……』


本音を言えば、あの人が傍に居ると落ち着かない、だけだったんだけど。いや、勿論悪い意味じゃなくて良い意味で。

変わらずに会いに来てくれるのも、それが只の優しさなんだと解っていても嬉しいし、傍に居られるだけで私にとっては十分で。

笑ってくれたら、それだけで幸せな気分になれる。抱き締められたら、胸が騒つく……んだけど……。

過剰なスキンシップは、違うんだと解っていても心臓に悪い。

況してや、キスなんてされたら……


あの人の事しか考えられなくなって、他には何も手に付かなくなってしまう。

つまり、


気持ちの休まる隙が無い。


『一緒に居ると(そわそわして)落ち着かないので……』


あの人のせいじゃない。
全部、平静を保てない私の問題だ。


『出来れば少し集中して(勉強したいんです)……あ、いえ、心配して来て下さってるのは解ってますっ』

『………………』

『ちゃんと黒崎君から離れないようにしますし、1週間くらい(貴方も私から)解放されてのんびり……って、どうかしました???』


気付いた時にはもう、あの人が飼い主に怒られた阿散井さん、いや、捨て犬みたいになっていた。


摩訶不思議……。



「これでも一応受験生なんで、少し落ち着いて勉強しないとマズいなぁって思っただけなんですが……ってだからアナタは何をしようとしてるんですかっ!!!」


ポチポチと大っきな手に不似合いな伝令神……


「………最近 お前の俺に対する形容が酷くねぇか?」

「阿散井さんが余計な事ばっかりするからじゃないですかっ!!!」


まぁ任せとけって、それが一番信用ならないんですがっ


「とにかくだ」

「とにかくじゃないですっ」

「その試験対策が何とかなりゃあ良いんだろ」

「そうですよ、だから……」

「だったら先輩が居ても全く問題無ぇだろ」


いや、だからですね、


「私の話を聴いてまし……」

「先輩、学年首席だから」

「た………って、は?」


え………?


「首席……?」

「先輩、頭良いんだよっ」


あの顔で?


「だからお前、本当 最近容赦無ぇな」








「本当、詐欺だ……」

「何か言ったか」

「いえ別に……」


確かに問題無かった。阿散井さんの言う通り、と言うか、先生モードに入ったこの人は、超が付く程の真剣モードで……


『間違いなく上げてやるから、何でも言う事聞けよ』

『どこから来るんですか、その自信……』


試験を受けるのは私なんですが、なんて憎まれ口も叩けない程……

跳ね上がった成績が物語る。


首席だっただけは有る。


「本当、嫌だ……」

「だから何がだよっ」


そんなスペックの高い人要りません……。

どれだけオプション付いてるんですかと溜め息が出た。





「あの……」

「今度は何だよ」

「いえ、それで何でもって言ってましたけど」


さっきから、と言うかもうずっと。この人がこっちに来てから、私はこの人の腕の中に居るだけだ。

どんな無理難題を吹っ掛けられるかと思っていたのに……


本当、熱い……


止まない熱に、浮かされてしまいそうだ。


「何かしなくても……」

「してくれんの?」

「………………」


それは内容に寄る……と言うか、真剣なのか冗談なのか判断の付かない顔で言われても困る。



『お前‘ら’は言いたい事を言わな過ぎなんだよっ』


只でさえ会えねぇんだぞ?
遠慮ばっかしてたら拗れるだけだろうがっ


そう阿散井さんは言ったけれど。


『私にそんな資格なんて……』

『お前に無かったら誰に有んだよっ』

『そ、んなの……、彼女に決まっ』

『なら問題無ぇだろ』

『問題無いんですかっ……』


阿散井さんがそうまで言うという事は、それは、余程あの人に愛されている自信が有るからなんだろうと……


『そ、ですか……』


胸がちょっとだけ痛んだ気がした。



「………私は、何をしたら良いですか?」

「…………は?」

「え?いやだから、私は何をしたら良いですかって」


もうササッと言う事を聞いてしまって、この、私を悩ます熱から解放されてしまいたい。

そう思ったのに、


「………、今日はずっとここに居てくれたらそれで良い」


何かを言い掛けるくせに、でも結局はそんな事を言うからそれ以上は何も言えなくなってしまう……。


「そんなので良いんですか?」

「………そんなの、言うなよ……」


言ったらお前が困んだろ……?


殊更 優しく響いた声が胸を締め付ける。


「いつか……」

「はい」

「俺が何をしても嫌わないでくれたら、それでいい……」

「っ………」


回された腕に籠められた力に、目眩がした気がした。








「どうした?」

「いえ……」



嫌わないでくれたら……



それが出来るなら、こんな苦労はしていない。


だったら、教えてよ……。


この人を嫌いになる。

そんな方法が有るのなら――…












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