07
更衣室を出た直ぐの壁に凭れるようにして、大人しく私を待っていたらしいこの人に、流石に更衣室にまで入って来るような暴挙は起こさないかと苦笑した。
自分勝手に落ち込んでしまった気持ちを切り替えるのに、少しだけ時間が掛かってしまった。
「待たせてごめんなさ……」
「そんな事よりっ」
「っ……」
「大丈夫、か?」
私の顔を見た途端、真剣な顔で駆け寄って来たあの人に少しだけ胸が苦しくなって、
「熱さで茫っとしただけみたいです」
複雑な想いの全てを熱さのせいにして、だから大丈夫ですと無理矢理貼り付けた笑顔で私は嘘を吐く。
到底納得していない顔に内心で苦笑して居れば、
「……じゃあ、」
「抱き上げないで下さいね!」
ぐっと力の籠った腕に、誰かに見られでもしたらどんなイリュージョンだと、何となく読めた行動に慌てて制止を掛けた。
「「…………」」
からかうつもりでは無くて、今回ばかりはどうやら本気だったらしい、状況に気付いたのか少し面白く無さそうに顰められた顔に、今度こそ溢れた苦笑をそのままにした。
「水分摂って大人しくしてますから、大丈…」
「送るから、今日はもう帰れ」
「ちょっ……」
強引に引かれた手に、今度は仮病で早退とか止めて欲しいと全身で逆らった。
それに……
今日はもう、この人と一緒に居たくないと思ってしまった。
そんな私の行動に、酷く困惑した視線を向けるあの人の目が見れなくて、私は視線を落としたまま言葉を紡いで行く。
「もう、帰る時間ですよね」
昼前には戻らきゃならないと言っていたはずだ。
本当に無理ならちゃんと早退しますからと、途中で倒れたらどうすると、どこまでも過保護なあの人を説き伏せて、解錠させるのにかなりの体力を要した。
「お休みを丸々 私なんかに使っちゃダメですよ」
折角、この人が帰る時間ギリギリまで逃避もして居たって言うのに……。
心配そうに顰められた眉。
いつまでも、まるで帰る事を躊躇うように、私を捕らえたままの腕に触れてやんわりと外した。
「ちゃんと、ゆっくり休んで……」
「休んでんだよ」
「っ……」
『俺は……』は――…っと、息苦しさを逃すように息を深く吸い込んでは吐き出す事を繰り返す。
無意識に詰めてしまっている呼吸のせいなのか。
はたまた溜まり続ける胸の奥の黒い塊が、私の息の根を止めようとでもしているのか。
『俺は、』何ですか……?
何かを乞うように見上げた途端、鳴り響いた機械音に遮られて、それを聞く事は叶わなかった。
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