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   10


「そう言えば」

「何?」

「いや、大した事じゃねぇんだけどよ……って、それ止めろ」

「………?」

「だからそれ止めろっつってんだろっ」

「はいぃいっ?」


人が真剣に話を聞いているって言うのに、突然べシッとチョップされて、恨みがましい目を向けた。


問い掛けておいて、何なんだ。


訳が解らないんですが。


黒崎君まであの人化するのは止めて欲しい……。




昼休みの屋上で、何をするでも無く黒崎君と過ごす事が増えた。

『数日』と言っていたあの人の来られない日が5日を超えて、もう直ぐ10日になろうとしている。

何となく顔を合わせるのが気不味くて、『来られない』事にほっとして居たのも最初だけ。

一週間を超えた辺りからはもう、もしかしたらが頭を過って、胸の痛みを遣り過ごすので精一杯だ。


私達は、いつ会えなくなるか判らない。


それを決めるのも、あの人次第なんだと私は何処かで解っている。

だから、こうして黒崎君と居られるのは助かる。


上手く言えないけど……


あの人の話をする訳でも無いのに、黒崎君があの人を知っている、それだけでほんの少し安心するとか。

もう、末期かも知れないと溜め息が出た。



「あ―…、でだな。何で名前で呼んでやんねぇのって思ってよ」

「………誰の?」


って、はいはい。そんな目で見ないでよ。
知ってるよ、あの人の事だってことくらい……って言うか、何で急にあの人の話っ

知ってんだろ、名前って、阿散井さんか、くそぅ。


「知ってる……」

「そこで何で不本意そうなんだよっ」


……だって。

呼ばない、呼べない理由は2つ有る。

1つは至って単純で。
今更、どんな顔をして呼べば良いか解らない、恥ずかしいだけだ。

それに、


「……何か、呼ぶ機会が無いと言うか何て言うか……」


気付けば傍に居る事が多いから。


私は振り返るだけで良かった。
振り返れば、私を見るあの人の優しい瞳が在って、いつの間にかそれが当たり前になっていて……



『どうした?』



「惚気かよ」

「違いますっ」


決して惚気なんかじゃない。


ただ……。思えば、私は一度だってあの人を傍から観た事も無いんだって気付いた。

いつだって、あの人は触れられる距離に居て、私を見ていてくれて……。


名前を呼ぶ必要なんて無かったんだ。


「…………」


名前を呼ばない、身勝手な理由は他にも有る。
けれど、そんな事がどうでも良くなる、程に……。


居なくても、これだけ苦しくさせるってどんだけだ……。


「だから、好きだって再認識してどうするのよ……」

「何か言ったか?」

「いーえ」


何だよと、怪訝そうな顔の黒崎君に苦笑して見せる。

どうしようもない自分の想いに、嘆息、するのに……


「会いたいなぁって、思っただけ」


ただあの人に、今 会いたいと思った。


「やっぱ惚気じゃねぇかよ」

「だから違いますっ」





……思っただけだ。


呼ぶ必要が無い


それが何れだけ幸せなことか。

あの人がくれる、どれだけの優しさなのかを……。







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