04
恋なんて、実は片想いの時が一番楽しいんだって、何かで読んだ気がするけれど……。
それが失恋確定の場合でも当て嵌まるのかは微妙だなと、まるで他人事のように自虐的な事を思ったりした。私を抱き締めるあの人の熱に囚われたまま……。
躯中に煩いくらいに響く心音を聴いていた。
恥ずかしい……
のに嬉しくて、何だか泣きたい気持ちにもさせられる。
離れないとと思うのに、離れたくないとも思ってしまう。
訳の解らない感情に振り回されて、唯しがみ付く事しか出来ない私を突き放す事なく、優しく受け入れてくれるあの人に、は……
だから恋なんて……
「ホント面倒い」
「何がだよ」
「急に現れて独り言に刺さって来るのは止めて下さい」
本当に心臓に悪いったら無い。
「寂しいヤツだな」
「煩いですっ」
今、私は余計な事まで口走ってなかったよねと冷や汗が流れた。
昨夜……。
刹那、頭に過った映像に大事な事を思い出して、ごめんなさいと、飛び退くように離れていた。
『…………っ』
のに、離れようと取ったはずの私の腕の長さ分しか無い距離は直ぐに引き戻されて、この人の腕の中で僅かな距離を保っただけ。
『何で離れんだよ』
『……何、でって……』
そんな事をそんな風に、ムッとした顔で言われても困る。
思い出した光景に、不意に沸き上がったのは罪悪感で。
『だって、彼女……って、ちょっと待ってっ!』
近付く端正な顔に焦って、慌てて両手でこの人の口唇を押さえて訴えるように仰ぎ見た。
会えた時はただもう嬉しくて、何かを考える余裕なんて無かったけれど、落ち着いて考えたら、良く考え無くても絶対にダメだと思い到った。
それに……
『何で嫌がんだ……』
『慣れて無いって、言ってるじゃないですか……』
私には無理だと思った。
この人にすれば、私とのキスなんて、犬猫にするモノと変わらないのかも知れないけど……。
『ゆっくりで良いから、慣れろよ……』
眉を垂らした私に何を思ったのか、今度は優しく囁いたこの人の考える事が解らなくて胸が苦しくなって行く。
何をですか……?
私はそれを訊けないまま、あれからまた眠れない夜を過ごして、授業なんてサッパリ頭に入らなくて。
ちょっとだけ、インターバルが欲しかったのにこの人は……
「暑いから少し離れて下さい……」
「最大限、譲歩してんだろうが」
「だから全く以て意味が解りません」
昨夜の今日でやって来ては、私を抱えたまま、まるで離れる気は無いらしい。
以前よりも近くなった距離。
躊躇い無く伸ばされる手に、私の戸惑いばかりが増して行く。
「……私は、ペットじゃないんですが」
「抱き心地が好いんだよな」
「っ……そ、ですか……」
本当に、痛い……。
『……あの、帰らなくて大丈夫ですか?』
開かれたままの闔も、その他にも。色々な事が気に掛かって顔が見られないままに声を掛けた。
『時間とか、カノ……仕事、とか。あの、聞いてますか?』
少しでも長く一緒に居られるのは嬉しいけれど、こうして居れば居るだけ、その分ツラいと言葉を紡いだ、のに……。
『優先順位を間違えるようなヘマはしねぇよ』
『…………』
そんな事を、簡単に言わないで欲しかった。
どうしてかな……。
嬉しいはずの優しささえ痛いと思った。
返された言葉も辿る熱も、苦しくて、哀しくて、泣き叫んでしまいたくなる……。
「だから恋なんて面倒臭い……」
「……何か、言ったか?」
「……何でも、ないです」
これが恋だと言うのなら。
恋なんて知らない方が
私はきっと、幸せだったと苦笑した。
面倒臭い、けど……
好きなんだから、しょうがないんだ。
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