21
『檜佐木 修兵』
一度も口にした事の無かった名前を口にしたら、それだけで涙が込み上げるんだから自分に呆れる。
頑なに呼ばなかった。
知らないフリを押し通した。
その理由は、思えば何て下らないモノだったんだろう……。
「…………、」
ほら、想えば呼びたくなる。
こんなにも、無意味な言葉を伝えたくなる。
もっと自分の気持ちに素直になって居たならと……。
私はただ、
あの人に会いたいんだ――…
「揃いも揃って……」
「……阿散井さん?」
渋い顔で私を注視していた阿散井さんが、置いたままだった携帯のような物を手にして徐に操作をし始めた。
本っ当に面倒臭ぇ奴等だな
と、その笑ってない瞳と上がった口角が怖い。けど、そんな事より、
「阿散井さんっ 私っ、向こうに……キャアアアッ!」
今、ここで?
と慌てて席を外そうとした途端、ヌッと伸びて来た腕に捕獲されてしまった。
「ちょっ…、阿散井さんっ」
あの人と同じ。
片腕だけだって言うのに、押しても退いてもビクとしない体躯が恨めしい。
通話を待つ間に、確りと腰を抱え直されて腕に収められる。絡め捕るように固定されてしまえば私に逃げる術は無い。
あまりの近さに呼び出し音までが耳に届く。
たったの数秒。
ドクドクと煩い心臓の音と、直接じゃないのに躯を震わす機械音。
耳鳴りのように響く二つの音が静かな部屋に木霊して、緊張でおかしくなりそうだった……。
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