12
「あ……、の?」
今まで見た事も無いようなキツい眼差しで。
一言も発しないままの彼が徐に立ち上がると、私の腕を一気に引いた。
倒れ込むように凭れた腕の中で、戸惑う間も与えられないまま、スルリと侵入する両の手に肌が粟立つ。
いつもの軽口も意地悪な笑も無い。
其れが余計に私の不安を煽って怖くなる。
「何、で……」
シャツをたくし上げる手を掴んでも力で敵う訳も無く、露になった上半身が恥ずかしくて泣きそうになった。
『お前……』
そう呟いたきり、何を問うてもこの人は一言も発しない。
無表情な強い視線に曝されたまま、まるで淡々と、私の恐怖を煽るようにゆっくりと熱い掌が躯を辿り続けた。
「っ………」
カチ と小さく響いた金具の音に躯が跳ねた。
見える……っ
私の思考回路はそれだけで精一杯で、見られまいと咄嗟に目の前の躯に抱き着いた。
「厭だ……っ」
震える腕にギュッと力を籠めて、離れないようにと胸に顔を埋めれば、今まで無反応を貫いていたこの人の体躯がビクリと揺らいだ気がした。
「減らねぇんだろ」
バフ と脱がせたシャツを私に被せながら、苦々しい顔で死神が言葉を投げ着ける。
そう、なんだけどそうじゃない。
見られるのと脱がされるのとじゃ全然違う。処か、何かが根本的に私の中で違う気がした。
見えそうで見えない。
掴めそうで掴めない。
何かが……
それがまだ私には良く解らなくて、もどかしいばかりだ。
「……とりあえず、遣り過ぎた事は謝る」
まだ不機嫌な顔を崩さないままで、呆れたような溜め息を吐く。
そうして少し逡巡した指先が、ボロボロと溢れる私の涙を掬った。
この人はいつもそうだ。
嘲笑って、莫迦にして、からかって。何が気に入らないのか直ぐに怒る。
嫌なら来なきゃ良いじゃない。
こんな意地悪な事をするくらい私を嫌いなら、
そんな不機嫌な顔をするくらいなら……
「そんなに、嫌ですか」
「おい…っ?」
冗談も通じない。
この人の言う通り、私は何も解らないガキで、その通りで。
こうして文句を言っている今でさえ、震える声が癇癪を起こした子供みたいで情けない。
「そんなに、愉しいです、か……。そんなにっ」
「違うっ」
「っ…」
大きな声に首を竦ませた私に悪いと慌てて謝って、違うんだと言い淀むように窺う私の視線から瞳を反らす。
「本当に、俺は、お前が……」
もう何度も見た、辛そうに顔を歪ませるこの人の、謂わんとする事が私にはやっぱり判らなくて焦燥が募る。
今日だけはどうしても解りたくて、ただ必死に瞳を見詰めれば、困ったように眉根を寄せられた。
「いつもみたいに遮ってくんねぇと、困んだろ……」
躊躇うように伸びて来た掌が視界を覆う。
泣かせて悪いと、
もう怖がらせるような真似はしねぇからと……
この人の、まるで泣き出しそうな声音が耳の奥に木霊した……。
泣き止むまで、まだ傍に居ても良いかと問われて言葉に詰まった。
「ダメ、か?」
ダメじゃない。
らしくない不安気な瞳に、想いが声にならなかっただけ……。
この時、私はどんな顔をして居たんだろうか。
俺は……その言葉の続きも、表情の意味も、私には解らない事だらけだったけど。
「泣かせたくせに」
「……だからだろ」
当たり前のように引き寄せる腕に収められながら、私はこれ以上深く考える事を止めて瞳を閉じた。
今日だけは、このまま。
泣き疲れた事にして眠ってしまいたいと思った。
この人が……
帰って行く様を見たくないと思った――…
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