09
ただ今ーと部屋に入れば、誰も居ないはずの部屋で「遅ぇぞ」と小言と共に迎えられた。
別に私が不用心って訳じゃない。
「……だから、勝手に入ってるの止めて貰えます!?」
この間から、ぐだぐだと説明され続けた襖の向こうの世界の話を統合すれば、この人は間違いなく隊を預かる副隊長さんで、そしてとても忙しい人で、自称、とても人気が有るらしい。
文句を言う私に、ホント可愛く無ぇなお前と溜め息まで吐かれてムッとなる。
だから嫌なら来なきゃ良い……。
「……だったら。こんな所に来て文句ばっかり言ってないで、そのファンだか彼女だか恋人だか知りませんけど!可愛い気の有る大人な女性の所に行ったら良いじゃないですかっ!」
「其れは断る」
「何でだっ」
「…………」
「ちょっと、聞いてます?」
急に黙り込むのも止めて欲しい。
何ですかと問えば、これ何だよと指を差されて血圧が上がった。
この人と居ると、私の沸点までが下がるらしい。
「アンタが付けた痕のせいで大変だったんですっ」
友達には『害虫が』と何とか苦しい言い訳で許して貰った。
この暑いのに髪を下ろして、念の為に保健室で絆創膏を貰った。
それより何より一番問題だったのは、訊いてくれないから言い訳も出来ないその他大勢様でっ……
『お前、男がいるなら最初っからそう言えよ』
誤解だっ……
別に好きでも何でも無い奴等だから、どうでも良いけどね。
「これのせいで、丁度告白して来た男の子に誤解され……って、痛っ……何で剥がすんですかっ」
そんな一気に剥がしたら痛いじゃないですかっ。
「やっと薄くなって来てたの……
……に?」
だからアンタちょっと、本当に何すんだ。
「何をする……」
「嫌がらせ?」
首許を押さえてフルフルと震える私に、ざまあみろと舌を出す。
子供ですか……
「ホント、帰れっ」
*
「やっと帰った……」
洗面台の鏡の前で、鮮明になった紅に項垂れた。
私の経験値が低過ぎるのか、ヤツの経験値が高過ぎるのか、はたまたその両方か。
ヤられっ放しの自分が恨めしい。
3日と空けずにやって来る死神は、何をするでもなく……、いや、今日はした。
良く考えたら、いつも何かしらされてる気もする。
とにかく、何だかんだと居座って、夕飯の仕度に始まって宿題、片付けと忙しなく動く私の行動を眺めるだけ。
飽きないのかと訊けば、別にと答える。
そうしていつものように1、2時間。短い時は30分程で襖の向こうに消えて行く。
いつ見ても不思議。
何度見ても怖い。
昔、テレビで観たような、異世界に呑み込まれる闔のようだ……。
「もう来んな」
必ず、またなと言って消えて行く後ろ姿を見送れば、全てが夢だったかのような錯覚に陥る。
本当に、もう来ないで欲しい。
しん と静まり返った部屋で、気付きたくない感情を追いやった。
一人が寂しいと、気付きたくなんてなかった……。
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