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「そろそろ、顔見せろ」
「…………」
もう、本当に何なんだ。
いっつもいっつも、人の話なんて聞かないくせに。
言いたい事を言って、やりたい事をやって。
好き勝手を押し通すくせに、何で今日に限ってそんな事を訊く。
心の準備も有ったもんじゃない。
と言うか、阿散井さんも本っ当に信じられない。
何で私だけ置いて逃げるかなっ
阿散井さんの言う通り、この人は来た。
向こうの世界との距離なんて知らないけれど、何でこんなに速いのかと唖然とする程に速く……。
『阿散井……』
抱き着いてやるも何もない。
まだ阿散井さんの膝の上で言い争いをしている最中に、聴こえた地を這うような声音に振り向けば、この人が無表情で立って居て。
そうして一体何をどんな風に勘違いをして、しかも何に怒っているのかは知らないが、怒り心頭で現れたこの人に、壮絶な笑顔と共に阿散井さんが追い出された後、不機嫌マックスで捕獲されて今に到る。
なぁ、おい、こっち向けとしつこく言われても、一言だって発せないまま首を振った。
とにかく今は話し掛けないで下さい。
少しでも声なんか出したら、せっかく我慢している涙が溢れちゃうじゃないですか。
もう一度会えた。
もう一度、声が聴けた……
嬉しくて、本音を聴かれた事が恥ずかしくて腹立たしい。
「なぁ」
「………」
「顔が見たい」
……だからっ
「紗也」
―――…っ
聴いてんのかって、だから本当に何なんだ。
ゆっくりと仰ぎ見たこの人の顔は、いつもの偉そうな表情なんかじゃなくて。
眉を寄せて、不安気に瞳を揺らして……
「会いたいっつったのは、違うのかよ……」
違わない。私は……
「…………違っ」
やっぱり……。
思った通り、言葉にした途端に溢れ出した涙を止めたくてキツく瞳を閉じた。
―――…っ
刹那、窒息する程に強く抱き締められて口唇を塞がれていた。
何もかもを奪うような圧倒的な熱に、躯だけじゃない、思考までが麻痺するように痺れて行く。
息も、胸も苦しい……
のに、震える手でこの人に触れて力を込めた。
それでも、今はこの腕の中に居たいんだと……。
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