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02


然り気無く時計に目をやれば、時間は疾うに定時を回っていた。


「今日はヤケに時間を気にするじゃねぇか」


ニヤニヤと訳知り顔の鵯州の戯言は聴こえない振りで内心で溜め息を吐く。


来ねぇ、か……。


昨日、顔を出したきりの姿が頭から離れなかった。

どうやら俺は、今日ここに四宮が来ると思っていたらしい。

らしくねぇと自嘲してみても、昼からもう何度となく繰り返したそれに振り回されっ放しだった。


「……ったく」


この俺を引き摺り出すたぁいい度胸だと口角が上がった俺は、俗に云う鬼に違いねぇと称嘆した。







「何で、来ねぇ」


捕まえた躯を抱き込んで不機嫌を隠しもせずに云った。
突然の俺の登場に、騒付く周囲にも驚きに固まる四宮にも構わず抱え上げる。


「明日……、には、行くつもりだったんですけど……」

「明日……?」

「嫌だったから……。阿近さんが、あの部屋に来た人からは受け取るって言ったから……」


私じゃない誰かから貰うのは見たくない。他の誰かと一緒なのも嫌……。

キュッと口唇を引き結んで真っ直ぐに俺を捉えて来る、その瞳に吸い込まれそうになる。


「凄ぇ、独占欲だな」


俺の些細な言葉一つに、面白ぇくらいに反応するくせに。
傷付いて、泣きそうな顔をするくせに……


「俺を引き摺り出した女は、お前が初めてだ」


全く。
肝心な処で抜けてやがると内心で嘆息する。


「お前以外に、俺の部屋に辿り着けるヤツは居ねぇよ」


他の誰をも、許可した覚えはねぇ。

憮然と言い放つ俺の言葉さえも正確に読み取りやがるくせにと、漸く嬉しそうに微笑んだ四宮に呆れた。







滅多に隊外に出る事の無い鬼の登場に、隊舎内も外も騒然としていた。

その阿近さんに抱え上げられているこの状況に、私の頭はショート寸前だと言うのに、注目を浴びるこの人は衆目なんて欠片も気にした様子は無い。


「お前以外に、俺の部屋に辿り着けるヤツは居ねぇよ」


ただ憮然と言い放たれる言葉も口調も声色も、その表情一つでさえも、決して甘い物では無いのに……


「はい……」


どうしても弛んでしまう顔を隠すように、阿近さんの胸に埋めた。


「だから、頭の良過ぎる女は苦手だっつーんだ」

「はい……」

「解りもしねぇのに返事すんなっつったろ」


ギュッと抱き締める腕に力が込められるのが嬉しくて、阿近さんの白衣を握り締めた。


「来月の十四日は、お返し持って来いよ」

「何…、で」


……ですかと、顔を上げた瞬間、柔らかい感触が口唇に触れた。


――――っっ


両手で口を押さえて目を見開く私に、したり顔の阿近さんが口角を上げた。


「入ってたろ」


何、が……


「お前なら、分かんだろ」

「………っ」


昨日の甘過ぎる飲み物を思い出しながら、本当に阿近さんは難解過ぎると思った……。





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