01
「俺は暇じゃ無ぇんだがな」
私の顔を見た瞬間、溜め息を吐いたのは阿近さんで、それはもうこの上無く呆れた顔で呟いてくれた。
「お邪魔、します……」
「…………」
暇じゃ無ぇと言う阿近さんを、一応窺うように見てお伺いを立てる。
そうして、ペシッと額を叩く阿近さんが背を向けるのに合わせて笑みを浮かべた。
「……女は多少莫迦な方が可愛いげが有るぞ」
「それは一体、何の話ですか」
「頭の良すぎる女は苦手だっつってんだ」
「はい…………」
と、よく解らないままに返答すれば、解って無ぇのに適当に返事すんじゃねぇとまた呆れた顔をされた。
阿近さんの言葉はいつも難解で、その全てを理解する事は難しいけれど。
受け入れてくれている事だけは何となく解って、私はまた微笑んで阿近さんに付いて研究室に足を踏み入れた。
「飲んだら帰れ」
ほらと渡された現世の飲み物を受け取りながら、相変わらず無駄な物の無い殺風景な部屋を見渡した。
私はこの無機質な部屋が好きだと思う。
阿近さんに、似てる……
此処でこうして、無駄な会話なんて一切してくれない阿近さんを見ているだけで嬉しい。
私の存在を許容してくれるだけで良かったんだけどなと、少しだけ欲張りになる自分に自嘲が洩れた。
「阿近さん」
「…………」
「阿近さんは甘い物は食べますか?」
呼び掛けても返事も無いのが当たり前の阿近さんには気にせずに、云いたい事だけを話し続ける。
返事が貰えたら儲け物だ。
「バレンタインデーは、受け取ったり、しますか?」
「……此処まで来たヤツからはな」
「そう、ですか……」
それなら受け取って貰えそうだ。
けれど、沢山の山の中に埋もれてしまう事にもなるんだろう……。
其れは嫌だとか思うんだから、私は相当我儘だと笑えた。
少しでも長く居たくて、ゆっくりと口にしていた黒い液体を、ぐっと一気に飲み干した。
いつもより大分甘く感じたそれは、一番最初に戴いた時よりは舌に馴染んで来たんだろうか……。
「御馳走様でした。また、来ます」
今度は……。
バレンタインデーが終わった頃に来ようと、思った。
見ているだけでいい。
なのに、阿近さんが他の誰かからも受け取るのは見たくない。
見ない方が、知らない方が、他の誰かと一緒は嫌だと思う我儘な私は幸せで居られる気がした。
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