09
「遅くなって悪かった」
戻った副官室で、突然、檜佐木副隊長に謝罪された事に驚いて、ぶんぶんと首を振って否定した。
檜佐木副隊長が謝る事なんて一つも無い。
『遅いです……』
「っ、すみませんっ……!」
って、近いっ!
私のせいだと跳ね上げた顔の先、近過ぎる、口唇が触れてしまいそうな距離に驚いた。
けれど、慌てて元に戻した其処だって檜佐木副隊長の腕の中で……。
「……もう、降ります」
「…………」
「檜佐木副隊長―…」
何度目だろう。
居たたまれずに、大丈夫ですからと申し出た私の主張は、無言という拒絶に遇ったまま叶わずにいる。
でも……。
髪も、躯も。
触られて、気持ち悪かったから……
少しでも早くお風呂に入って、洗い流してしまいたい。
そうして……。
出来る、なら……
「檜佐木副隊長」
意を決して名前を呼べば、優しく促してくれる檜佐木副隊長に、お願いが有るんですがと、私の人生史上、最大の我が侭を口にする。
「今日はもうクリスマス、ですよね」
「……だな」
「えっと。だから……」
なかなか言い出せない私に、『どうした?』と優しく微笑う。
あのですね、と、やっとの思いで言葉にすれば、目を見開いた檜佐木副隊長が私を凝視した。
「降り、ます…ね……」
「…………」
返事は無かったけれど、触れれば、今度は解けるように放された腕は了承の意に違いなく、私はほっと安堵の微笑みを向けた。
「……直ぐ、戻りますから」
待ってて下さいね。
絶対に帰らないで下さいねと念を押して、副官室を飛び出した。
速く、速くと急ぐ私は。
自分が口にした願いがどういう意味を持つのかなんて考えもしなくて。
後に、乱菊さんに激しい突っ込みを入れられるまで、何一つ自分の失態に気付く事は無かった。
「ヤベぇ、かも……」
莫迦な私のお願いに、頭を抱える檜佐木副隊長が居た事も……。
『降ります……』
『…………』
『其、れで……。あの、お風呂に入って、来ますので』
『っ、おい……』
『そうしたら……』
今日は朝まで一緒にいて下さい……
厭なモノを全て洗い流した其の後で、
もう一度、触れて欲しい。
朝まで抱き締めていて欲しい……。
*
「アンタ、いつになったら脱・只の優しい上官出来んのよ」
「…………だから余計なお世話っす」
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