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07


「そんな訳で、私はあの時からずっとアンタの事が好きなのよ〜」

「其れはとっても嬉しいお言葉では有るんですが、そんな訳での件が全く理解出来ません……」


何でそんなに楽しそうなんですかと、半目になってる此のコには悪いけど、


「楽しいんだからしょうがないじゃない」


もう諦めて貰うしか他は無い。

私だって憶えてますと言って、あの後は本当に大変だったんですからと口を尖らせるから、其れを自業自得って言うのよと言ってやる。

そうしたら、「……ですよね」なんてしょんぼりとして言うから可愛くて、痛いですと訴える声も無視してまた抱き着いてやった。



其れにしても……

勇音に連絡を貰って冷やかしに来てみれば。


「またこっ酷くやられたものよねぇ……」


実のところ、今も鍛錬中の修兵の鬼っぷりは全く変わって居ない。

言葉だって厳しいものだし、本当に好きなのかと疑いたくなる程、一切の甘さの含まれない指導に因って、此のコに生傷が絶える事も無い。


「弱い私が悪いんです」


そして痛々しい傷を作りながらも、だから檜佐木副隊長は悪く有りませんと言い切る此のコも相変わらずだ。

此れぞ信頼の成せる業なのかと呆れてしまう。

其れにしたってと思うのは私だけでは無いだろう……。


「もう、本当に檜佐木副隊長に責任取って貰って下さいね」

「虎徹副隊長まで何を仰るんですかっ」


此れ以上傷を作ったら、お嫁の貰い手なんて無いですよと言われて、そんなご迷惑な事は出来ませんと全否定するから嘆息する。


ご迷惑処か諸手を挙げて受け入れるに決まってるのにと、喜ぶ修兵の顔が目に浮かぶようだ。


「……はい、終わりです」

「ありがとうございました、虎徹副隊長っ」


失礼致しますと礼儀正しく頭を下げて、治療室の外で待つ修兵の元に駆けて行くのを勇音と二人、見送りながら息を吐く。


「何であれでさっさと纏まらないのよ……」

「ですよねぇ……」


修兵が必ず治療に付き添うのだってあの日から何一つ変わらない光景で、そんなのは異例中の異例だって、何故気付かないのか……。







「人前でイチャ付くのは止めなさいよね」


先に出ていた此のコから遅れること数分、治療室から通路に出てみれば、何処からどう観てもイチャ付いて居るようにしか見えない莫迦ップルが居て溜め息が出る。

そんな事してないですってアンタ、修兵が否定しない時点でアウトよアウトっ。


「さっさと嫁にでも何でも貰ってもらいなさいよ」

「だから何を仰るんですかって言ってるじゃないですかっ」


って言われてもね。
アンタ、自分と修兵の距離を端から見た事ないわよね。

修兵の腕一本分も無い距離に収まって無防備に傷も躯も晒け出す。
内緒話でもする程に近い口唇を甘受する。

だから何処からどう観たって……


「只の莫迦ップルじゃない……」

「違いますっ」


檜佐木副隊長も何か仰って下さいって、莫迦ねー。修兵がこんな美味しい状況を逃す訳が無いじゃない。

其の証拠に、こんな衆目の多い場所で此の小煩い私を野放しよ?
絶対に周りから固めてしまおうって腹で、焦って狼狽えてるアンタを見て内心で悶絶してんのよ。

気付いて無いアンタも凄いけど、最初っからずっと繋がれたままの手が離される事も無い。


「アンタが振られた原因って、絶対此れに有るわよね」

「何気に傷を抉るの止めてくれませんかっ」

「って、言ってもよ?」


文句を言って来るアンタには悪いけど、私は其の元カレ君に少しだけ同情しちゃう訳で。

こんなのが自分の彼女を護って、解り安く傍を離れないなんて……


「其れは戦意も何も喪失するわよねぇ……」

「乱菊さん、もう少し解り易くお願いします」






*


「四宮、そろそろ」

「はい」


戻るぞと立ち上がった修兵が抱き上げようとすれば、今日は歩けますと慌てて制止する。
其の二人の様子が、何とも目に毒で今度は渇いた笑いが洩れてしまう。

今日はって何よ、今日はって。

いつもは何なのよと口にし掛けて、だからそろそろ帰って下さいと言いたげな修兵の無言の圧力に閉口する。


はいはい、帰れば良いんでしょ帰れば。


「じゃあ、お大事に。本当に今まではどうしてたのよ。傷、怒られたりしなかったの?」

「檜佐木副隊長にですか?」

「何で修兵よっ!」


怒るのは元カレでしょと言えば、そう言うものですかと惚けた答えが返って来るから呆れる。


「傷を見たら……」

「知りませんでしたから」


言った事も無かったしって……


「……え?って、だって付き合ってたのって何年よ。付き合ってたら……」

「はい?」


ちょっと待ってちょっと待ってっ?


「私の傷なんて、私以外に誰も見ませんから問題有りません」


って、ちょっと其れはどう言う意味よっ

もしかして、もしかしなくても……


「元カレとは一体何処まで行ってたのよっ」

「ちょっ……、乱菊さんっ」


突っ込む私に、此処で漸く修兵が焦って口を挟むけど遅いわよっ

もうそんなのは構ってられないとばかりに食い付いてやった。


「何処までって……、二人で出掛けた事なんて無いです」

「「…………は?」」

「え……?ですから、忙しくて……、えっ?」


綺麗にハモった私達に、何か間違ったかと慌て出す様が可愛いと言うか何と言うか。


「そう言う意味じゃ無いけど、可愛いからもう其れで良いわ!」

「えっ……?、あ」


少しの逡巡の後でやっとそう言う意味だと気付いたらしく、漸くカッと染まった頬に、一応其れなりの知識が有ったのかとちょっとだけ安心した。


「あの……、一緒に過ごした記憶は皆無です……って、本当ですね。別れた原因は私ですよね、と言うか、やっぱり好かれて無かったんですよね……」

「「…………」」


手を繋いだ事も無いですって、だんだん小さくなって行く声が痛々しい。


絶対に、手を出せなかった理由は全く違うところに在るんだろうし、真剣に落ち込んでるトコ悪いけど……


今はそんな事に構ってあげてる余裕は無い。


隣から漂う空気が怖いったらない。
絶対に横を見ちゃダメよと自分に命令した。


紗也……アンタ、此れ以上修兵を喜ばせてどうすんのよっ……


「乱菊さん……」

「はいはいっ!待たねっ」


解ってるわよ、帰るわよっ


さっさと退散するべく踵を反しながら、何となく此のコの行く末が視えた気がして、ズキズキと痛み出した頭を押さえたのは言うまでもない……。






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