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06


ちょっと休憩でもと執務室を抜け出して、いつもの甘味屋へと向かう事にした。

右良し、左良し。
前方での待ち伏せも後方からの追手も無い。

隊長の気配に気を遣りつつ駆け抜けて、抜け道にしている他隊の隊舎裏に差し掛かった時だった。

流れる景色の端に映った、口唇を引き結んで必死に泣くのを堪えて居る一人の女の子の姿が気に掛かって自然と足が止まっていた。


だって有り得ないじゃない。


袖を捲り上げた腕には酷い怪我を負っていて。
にも関わらず、女でしょ!と怒鳴りたくなるほど適当に其の傷を塞ぐ。
そうして、瞳に溜まった涙を乱暴に拭っては、両手で頬を一叩きして足早に去って行った……。

あれって……


「今年の筆頭じゃないの」


其の光景を呆然と眺めながら、私は本来の目的も何もを忘れて、見えなくなった後ろ姿を思い起こしていた。






どんな手を使ったのか。
今期、筆頭を勝ち取ったのは九番隊だった。

事務処理能力も高いと謂われた其のコを何故か欲しがった隊長が、春に酷く残念がって居たのを思い出す。

もう甘味なんかよりも多分に興味を惹かれた私が向かったのは九番隊の道場で、こっそりと覗いた其所では修兵以下上位席官が顔を列ねて、新入隊士への指導を行って居た……。


「ちょっと……っ」


つい、昇がり掛けた霊圧を鎮めるのに労を尽くす。

一桁入隊だと聞いたそのコへの指導は、確かに修兵が担うべきだろう。けれど、十分過ぎる実力を前に課せられる指導は凄まじく、浴びせられる言葉は辛辣で……


「何を、遣ってるのよっ 修兵……」


其のらしくない後輩の言動は、此の私が茫然と呟いてしまう程だった。







*


「何か有りましたか?」


顔を出した副官室には、普段と何ら変わりのない修兵が座して居た。


「乱菊さん?」


何も言わない、いつもは喧しいくらいの私の様子に訝しく問われて重い口を開く。


「今期の筆頭の……、名前、何だったかしら」

「っ………」


私の其の一言で、謂わんとする事が何となく想像出来たのか、苦い顔で見てたんすかと溢す。


「凄ぇっすよね……」


其の自嘲めいた言葉が、あのコへの評価なのか、自分の態度へのモノなのかを量り兼ねてしまう程、修兵の表情は其の言葉に沿ぐわないほど明るいものだった。


「………俺は。何て思われようと、絶対にアイツを死なせる訳には行かないんで……」

「修兵……」


は―――… と溜めて居た息を吐き出した途端、自席にのめり込みそうなほど落ち込んだ後輩を見下ろして苦笑した。

一転した、何とも辛そうな、此の世の終わりみたいな表情に全てを悟って呆れてしまった。


何だってこう、不器用な男に成り下がってしまったのか……


此の何でもソツなくこなす優等生をこんな風に変えてしまった彼女にも、ムズムズとした好奇心が沸き上がって来る。


「ちょっと〜っ!」


バンッと開け放った扉の向こう、席官達に向かって件の筆頭を呼び付けた。

いきなり何なんすかと慌てる修兵を完無視して、早くしてよねと他隊の席官だろうと関係無く言い付ける。

何処かへ出て居たんだろう、数分後には息を切らして現れた可愛い容貌を遠慮なく眺めれば、不思議そうな顔をしながらも、反らされない視線に好感が持てた。


「乱菊さん……?」


努めて平静を装う修兵にニヤリと目を向けて、何か御用でしょうかと微笑む顔が何とも愛らしいと思い切り抱き着けば、途端、強張った躯にやっぱりと内心で息を吐く。

勿論、同時に立ち上がった修兵の妬キモチは引き続き無視する方向で。


「けっこう、大した用事なのよ、ねっ」

「っっ――…」

「乱菊さんっ!!?」


前触れも無く、バサッと上衣を脱がせてやれば、突然の事に固まる此のコと、有り得ないくらい顔を紅くして焦る修兵が面白い。


別に、晒しを巻いてるんだから良いじゃない。


アンタが慌てなきゃ行けないのは其処じゃないわよと、グイッとフリーズしたままの彼女を修兵の前に押し遣れば、やっぱりと言うか、恥ずかしがる前に罰が悪そうに目を反らした。


「お、前……」


其の様子から、やっと現状に気付いた修兵が……


「知らなかったじゃ済まされないわよ」


茫然と其の、躯中の傷を注視した。


ゾワッと粟立つような霊圧が揺れて、でしょうねと心底呆れた溜め息を吐いてやる。


「………乱菊さん」

「はいはい、早く行ってやりなさいよ」


傷なんか痕したら、アンタが責任取んなさいよって本望よね。

修兵の低くなった声にビクリと揺れた躯には、大丈夫よと言おうとして止めた。


アンタも悪い。


修兵の怒りは自分に対してのモノで、アンタに対しては微塵も怒ってなんていないのよとは教えてやらない。

表情を失くした修兵が、大丈夫ですと後退る彼女を無言のままに抱き上げて、四番隊へと瞬歩で消えて行くのをただ黙って見送ってやった。


「大事にしたいなら、完璧にやんなさいよ」


本当に、あんなに不器用な男だったかと思えば笑いも洩れて来る。


「へぇええ…」


数年前から、パタリと女の気配処か近寄らせる事すら無くなった修兵に、何が遇ったのかと訝って居たけれど。

そういう事ねと口角が上がって、此れから楽しくなりそうだと鼻歌まで出そうな勢いだ。


「あのコも気に入ったし?」


こうなると、らしくないと思った修兵が俄然可愛く見えて来るから不思議なものだ。


「さぁて、と」


本当なら、四番隊から戻る二人を待ってからかい倒したい処では在るけれど、どうせ修兵が指名するのは勇音で間違い無いんだから、後で其の辺はきっちり聞き出せば良いとほくそ笑む。


「楽しみは、今夜以降に取って置かなくちゃ」


そろそろ隊長の何かが切れる頃だと諦めて、足取りも軽く自隊に戻る事にした。






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