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04


失礼しますと一礼をして、副官室を後にした。

足早に戻った席官室の扉の外から休憩に入りますとだけ告げて、紅みの取れない頬を隠すように瞬歩で離れた。


まだ、耳まで熱い……


「腰、抜けるかと思った……」


ズルズルと壁に背を預けてしゃがみ込み、両手で顔を覆う。
何であの人はあんなに恰好良いんだろうかと、整った顔と心臓に悪い声音を思い出しては、叫び出したい衝動に駆られた。



檜佐木副隊長が変だった。

違う。変なのは私で、檜佐木副隊長は上官として、空元気な私を心配してくれているだけ。

いつも優し過ぎるくらいに優しくて、甘やかされてるなぁと思いつつ、つい其れに甘んじてしまっている。

だけどさっきは……


『一人で泣くなよ……』



命令な……



「ぁああ、もうっ」


其れでも解っていても、こうして免疫の少ない私は檜佐木副隊長の熱に振り回されてしまう。


仕事かと思って呼ばれた副官室で、檜佐木副隊長が口にしたのは昨夜の事だった。

出来るだけ普通にして居たつもりだったけれど、そうでは無かったのかと少し自己嫌悪した。

慌てて謝罪を口にする私に微笑んで、指先で優しく目元を辿られて鼓動が跳ねた。

隠し切れて居なかったらしい痕を指摘され、まるで愛しい者にするように抱き締められる。


一人で泣くなと紡がれる優しさは……


いつもそう。
私が惑うより早く、不安を消してくれる。

だからこの涙の痕は、別れた彼のせいだけでは無い。
泣くまいと気張る私を泣いて良いんだと甘やかす、檜佐木副隊長のせいだ。


「勘違いしちゃダメだって……」


間違えたりしない。

院生の頃から、何度もそう自分に言い聞かせて来た。

憧れは恋とは違う。
優しさにも、何が含まれる訳ではない。

あまりにも遠いあの人に、私なんかが選ばれるはずも無いんだと、芽生えた想いがゆっくりと形を変えたら、残ったのは理想と言う名の現実だった。

ちゃんと解っている。
なのに今、何度も何度も繰り返し初めて逢った日を思い出してしまうのは……。

昨夜、私の弱さをまるで見越したかのように現れた檜佐木副隊長の、其の優しさも熱も全てがあの日に重なってしまったから。

懐かしい思い出に囚われてしまっただけだ……。



いつも檜佐木副隊長の傍は私を落ち着かせてくれる。

あの頃と何一つ変わらない。


今、こんな風に思い出すのも、思考の大半を占めるのも全て檜佐木副隊長の事だけで……


「だから全部、檜佐木副隊長のお陰なんだ……」


残っていた胸の痛みも罪悪感も、ずっと忘れて居られた。






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