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03


『あのコじゃないとダメなんでしょ』



莫迦だのヘタレだの口は悪いが、ずっと気に掛けて居てくれたらしい乱菊さんに背を押されて、真っ直ぐに四宮の元へと駆け出していた。

自隊へと続く道の先。

時折、空を見上げるようにして歩みを止める、既に見慣れた後ろ姿を捉えた。


やっぱり……


そう思っちまうくらい。
視界の先の四宮は、いつもの凛とした姿からは想像も付かない程に頼りなく、今にも泣き出しちまいそうに見えた。


あの日と同じ。

気丈に前を向いて、恐らく決して相手を悪くは言わない彼女が、泣くのを必死に我慢しているのが解った。


「四宮……」


もう、泣いて良いぞ……


名前を呼ぶと同時に腕に閉じ込めた躯は、ビクッと跳ねた後で其の力を抜いた。


「檜佐木副隊長……」


振り返らないまま呟かれた己の名に応えるように、抱き締める腕に力を籠めた。


「何で……。いつもタイミング良く現れるん、です、か……」


震えた声に気付いて少しだけ弛めた腕の中

反転した四宮が、顔を埋めるように抱き着いて来るのを受け留めた。


また独りで泣くつもりだったんだろうと思った。
一人で泣かせたくなかった。

ずっと、お前しか見てねぇんだ……


そう、ずっと抱いて来た想いを吐露してしまえば良い。
今なら誰よりも逸く、四宮の内側に行けるだろうと思えた。


「俺が、お前を……」







*


「……で?」

「…………」


未だに付き合っていない、処か想いも伝えていない。

全くの進展の無い現状に痺れを切らした乱菊さんが


「良い?どういう事か、簡潔に説明しなさいよ?」


私も暇じゃ無いのよっ!!!


と大層迫力の有る笑顔で責められても此ればかりはしょうがない。


瞳が全く笑って無いっすよ、乱菊さん……


「アンタ、追い掛けて行ったわよね?」


正か其のまま追い抜きましたって落ちじゃないわよねぇっ!?


って、そんな訳が無いだろう。


なかなか口を開かない俺に眼光鋭く詰め寄る様は、何だかの女神も真っ青だ。


「今やる事はやりましたよ」


追い掛けては行った。
四宮を掴まえて、そして告白するつもりだったのは間違いない。

けれど、本当は解っていたから。

実際に吹っ切れては居るんだろうが、優しい彼女が心痛めている事に変わりはなくて。

あの柔らかな微笑みは、四宮が頑張って作った笑顔なんだって事に。

乱菊さんに努めて明るく返しながら、本当はそんな簡単な想いじゃなかっただろう事も……。


四宮を支え切れもしねぇで心変わりなんかしやがった馬鹿野郎なんかの為に、四宮は心底悔いていた。

手前ぇが不安がってどうするよと、ぶん殴ってやりてぇと思った。

先に立ち続ける事が、
あのか細い肩に、何れ程の重責が圧し掛かっているのか、知りもしねぇくせにと。


俺なら、支えてやれる。


だから、いつでも四宮を泣かせてやれるような、抱き締めて安心させてやれる場所になりたいと思ったら……


「今は云うべきじゃねぇと思ったんで」


まだ早い。其れに……


「修兵……?」


好きだと、そう云ってしまえば簡単だったのかも知れない。

けれど、


「嫌だと、思っちまったんで」


其れだけじゃ嫌だと。
其れだけじゃ足りないと思ってしまった。

俺は……


「四宮の理想も現実も、全部欲しいんです」


四宮にとっての恋も憧れも尊敬も、其れが全て自分で在って欲しいと思ってしまった。


「欲張り過ぎでしょ……」


呆れ顔の乱菊さんにも自然、口角が上がる。


「其れでも足りないくらい好きなんすよ」


あの瞬間まで、口にするはずだった告白の言葉は、四宮が発した一言で何処かへ消し飛んじまった。



『俺は……』

『いつも……、檜佐木副隊長の傍が一番安心します』

『…………』

『強くて、優しくて、温かくて……。檜佐木副隊長が居てくれるだけで、どんな時も私は安心して立って居られるんです』


……私の、憧れです。




その瞳に、俺は男として映ってねぇだろと思ったら、渦巻くような独占欲が胸に湧いた。


「ちょっと、やる気出ました」


もう誰にも渡さ無ぇし、絶対に俺しか選ばせねぇ。


「……点いちゃたわけ?」

「かなり」


元々、補佐にまで育てるつもりで禁じ手まで使って引き抜いたんだ。

此れまでも、此れからも。
いつだって四宮の一番に側に居るのは俺で在りたい。



私は、檜佐木副隊長の傍に居ます。



四宮の理想が俺だって言うなら……


「先ずは、脱『只の優しい上官』っすかね」

「久々に見たわ、アンタの黒い顔……」

「どっちかなんて性に合わねぇって、思い出したんで」


じゃなきゃ副隊長なんてやってねぇ。


お手柔らかにと笑って帰って行った乱菊さんを見送って、早速 行動に起こすべく扉の向こうの四宮に声を掛けた。






「お呼びでしょうか?」


直ぐに顔を見せた四宮に優しく微笑み掛けて、チョイチョイと手招いた。

不思議そうな顔で小首を傾げる様が無防備過ぎて、まだ我慢だと自分に必死に云い聞かせる。

何喰わぬ顔で微笑い掛ければ、躊躇いながらも返される微笑みが嬉しいと思う。


「少しは落ち着いたか?」

「っ、昨日、は。申し訳有りまっ………あ、の……?」


謝罪の言葉の途中で頬に触れれば、瞬間、真っ赤に染め上げた顔が可愛くて、崩れそうになる表情筋を引き締める。
状況の把握に追い付かないんだろう、躯も表情も思いっきり固めたままの四宮にほくそ笑んだ。


「少し、腫れたな」


文句が出ないのを良い事に、触れたまま滑らせた指で目許を辿り、其のまま後頭部に回して引き寄せた。


「檜佐木、副隊長……?」


倒れ込んだ躯から面白いくらいに緊張が伝わって、本当に覚悟しとけと内心で呟いた。


「絶対、一人で泣くなよ?」


命令な


そんな尤もらしい台詞を、恐らく、俺の中で一番優しく響くだろう声音で囁いた。


知ってるか?


其れは、もうずっと、お前だけの為のモノなんだと想いを籠めて……。





「ありがとう、ございま、す……」


キュッと掴まれた死覇装。

俺を信じて疑いもしない四宮に笑が浮かんだ。


今は此れで良いと自分に言い聞かせた――…






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