01
おかしい。
何がおかしいってそれは、修兵の態度だ。
相も変わらず人の事を阿呆呼ばわりするし、口喧嘩も無くならないがそんな些末な事はこの際どうでも良い。
もう、誰かこの状況を説明して欲しい……っ
「あの、修兵?」
小さく呼べば、視線で返される。
「今日は、何日だった?」
「…………八日だな」
「だよねぇ……」
何を分かりきった事をと軽く顰められるその表情さえも、この態勢だと甘いものに感じて居たたまれなくなる。
そう。
私は今、所謂『膝枕』と言うモノを修兵にしている。
当の本人に至っては、至極当然とばかりに私の膝を独占し、時折愛し気な瞳で見つめて来るものだから堪ったもんじゃない。
慣れない事に、そして訳が分からないこの状況に、いよいよ私は天を仰いで途方に暮れた……。
あの日――…
窓の外はいつにない快晴で、穏やかな春の陽射に誘われるように、戸外へ向けて長い廻廊を歩いていた。
隊舎内は広い。
沢山の人が従事しているとは言え、裏の林へと繋がるこの辺りに普段から人は疎らで、誰に遇う事もなくのんびりと歩を進めていた。
はずだった……。
春の陽は柔く、ほんのり肌に温かい。
軽く目を瞑り、頬に感じるその温もりに自然と顔が綻んだ、刹那。
突然死角から伸びて来た腕に引かれて、あっと言う間もなく柱の陰へと引き込まれていた。
抱き込まれている
その事実に気付いて愕然とした。
確かに油断はしていた。
今は任務中でも無く、況してここは隊舎内。
麗らかな陽気を頬に受け、色付き始めた新緑を楽しんでいたとしても許されない事では無いだろう。
そして……っ
自分は腐っても上位席官。
その第三席に在る私に気取られる事無く、こうして易々とその長い両腕に閉じ込める事の出来る人物は限られる。
確か、平子隊長は任務中……だったよね。
だんだんと機能し始めた脳ミソをフル回転させて、この捕らわれている状況を分析する。
こんなふざけた事をしそうな人物、平子隊長は任務中だ。
それに……
あんまり考えたくは無いけどって言うか何て言うか、もしかしなくても袖が……無い。
男の人に抱き締められた事なんて無いから解らないけど、この身長、この体躯。
そして―――…
辿り着いた人物に『有り得ない』と脳が拒絶反応を起こす。
ほんの少し、距離を取って目を向ければ済む。
そんな事は解っている。解っているのに、自分の中の何かが全力で告げている。
目を開けるな、と。
長く筋肉質な両の腕に捕らわれながら、私は現実逃避を試みるのに精一杯だった。
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