修兵/恋次 | ナノ



  05


やっぱりもう帰ってしまおうと立ち上がり掛けた時、誰かが入って来たのか入り口の辺りが騒がしくなった。


何だろうと目を向けた私は、自分のタイミングの悪さに歯噛みした。


ホントに、最悪――…


瞬時に霊圧を閉じて隠れるように身を潜めた。

さっさと帰ってしまえば良かった。これでもう帰る事も適わない。

もう、笑顔も作れない……。


修兵君と彼女の反対側。

二人から一番遠い場所にいる私に、修兵君が気付く事はない。
もうお願いだから気付かないでと只管願う。

笑えもしない私を、見られたくなんかなかった。


今まで私が居た修兵君の隣に他の女のコが座る。


私は……。


何でもっと、ちゃんと自分から伝える努力をしなかったんだろう。

隣にいられた間に、もっと、もっと……。


好きだって言えば良かった。


例え今が変わらなくたって、こんなに後悔する事はなかったのに……。



もう嫌だ、帰りたい……

此処には居たくない……


助、けて



「酷ぇ面だな」

「………っ」


言いながら私を抱き上げて、不機嫌丸出しで私を見下ろして来るのは


「阿近……?」


何でこんな所に阿近が居るのか……。

突然の阿近の登場に、騒然となっていたらしい此の場は目線だけで黙らせる。

技局の鬼の称号は、決して伊達ではないらしい……。


「だから溜めてねぇで言えっつったよな」


お前ぇの頭は飾りかと小突かれて、涙が溢れそうになるのを慌てて止めた。


『みっともねぇ面は隠しとけ』


そうしてまた、誰にも聴こえないように悪態を吐いて、私を隠すように抱き込んだ。


うん……。


「帰りたい……」


もう此処には居たくないと搾り出した言葉を、阿近は当たり前に拾ってくれた。



何事も無かったかのように阿近は私を抱いたまま進んで行く。

乱菊さんに、紗也は連れて帰りますとだけ告げて、修兵君の前を素通りした。

周りはまだ騒付いたままだけど、阿近が何とかしてくれるだろうと、私はそのまま躯を預けた……。





「ごめん。重いよね」

「重ぇな」

「其処は重くないと言え」

「重くねぇよ、阿呆」

「…………」

「何、照れてんだ」

「るさい……」


呼吸が、楽だ。

さっきまで私を苛み続けた焦燥が消えて行く……。

多くは語らない、けれど、阿近はこうして私を甘やかす。
だから私はいつも、泣かないで居られる。


「紗也……」


不意に足を止めた阿近を見れば、いつになく真剣な眼差しが其所に在った。


「阿近……?」

「俺にしとけ」

「…………っ」


阿近の傍は、酷く安心する

のに……


「私、は……っ」


どうして、私は修兵君が良いんだろう。

修兵君じゃなきゃ、


ダメなんだろう――…



「ご、め……」

「知ってる。……から、んな顔すんな」


そう言う阿近の顔は、もういつもの鬼の表情で……


「……んっとに世話の焼ける。お前も、コイツも……」

「阿近……?」



なぁ、檜佐木



阿近が視線を向けた先に居たのは修兵君で、見た事も無い怒りをその瞳に宿していた。


「泣かせんなっつったよな」


顔が見れずに目を逸らした私と違って、そんな修兵君なんて意にも介さず、阿近はツカツカと歩み寄る。

そうして、


「次は無ぇ」


まるで荷物のように私を渡した。


「ちょっ、嫌だ。阿近っ
離さない、で……っ」

「今腸煮え繰り返ってっから、少し黙って下さい」


唸るような低音が、焦る私の耳に叩き込まれた刹那、流れるように視界が揺れた。



刹那

阿近が優しく微笑った気がした――…






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