▼ 06
今、一番会いたくない人が私を抱き締めている。
包み込む熱も薫りも、私が触れて良いものでは無い。
その近過ぎる距離に目眩がするほど恋しくても……。
まだ傷が治り切っていないんだから、放って置いてくれれば良いのにと思う。
上手く対応も出来る自信なんて無かった。
「どう、っ……」
「…………」
やっとの事で発した、どうしてと言う疑問は解消されないまま、何だか知らないが怒っているみたいな修兵君に睨まれて、思わず口を噤んでしまった。
云いたい事を言えないなんて私らしくない。
ずっと荷物みたいに抱えられたままで、何なんだとだんだん腹も立って来る。
「阿近がごめんね。私は大丈夫だから、降ろして」
そうして暫く放って置いて欲しいと思う、のに
「もう着く」
応えになってないよねぇ!
修兵君、と今度こそ文句を言おうとしたら、舌打ちした修兵君にまた瞬歩で飛ばれた。
「ちょっ……っ 何……」
何処かに着いた、と思った其所は、修兵君の部屋で。
気付いた途端、一気に湧き上がる不快感に、腕から逃れようと暴れても、修兵君はそんな私を物ともせずに寝室まで運ぶと徐に組み敷いた。
月明かりが注すだけの部屋では、修兵君の表情までは窺う事は出来なくて、瞳を見開いたまま、ゆっくりと降りて来る口唇を茫然と受けた。
何で……と真っ先に浮かぶのは疑問ばかりで、とうとう我慢していた涙が溢れ出た。
「何、で……。今更…っ」
「最悪だ……っつって、逃げたのは誰だよっ!!!」
最、悪……
「違う!」
あれは、自分に言った事、で……
「あれはっ……」
「ンな事はもうどうでも良いけどな」
「…………」
私の言葉を遮った修兵君が、真っ直ぐに私を捉えて来た。
「もう、限界。何も言わずに終わるなんて冗談じゃねぇ。俺は、」
ずっと、紗也さんが好きだった――…
黙り込む私に、って、あの日言ったよなって云いながら顔を歪ませた。
い、つ……
「これでも思い出さねぇなら、思い出すまでやるけど?」
突然の事に頭が付いて行かない私を置き去りに、修兵君は私の輪郭をなぞるようにゆっくりと辿り出す。
「俺は、酒弱くなんて無ぇし」
逃さない
と、その瞳が告げていた。
「責任取らせてくれねぇなら、紗也さんが取れよ」
「修兵君……?」
「やっと視界に入って隣に居れたっつーのに、今更誰かにくれてやる気は無ぇよ」
例え、紗也さんが俺を好きじゃなくっても……
「私、はっ……っ」
私、は……。私も修兵君が好きだって伝えたいのに、隙間も無い程に抱き締められて息も出来ない。
好きだと云ってくれるのに、修兵君は私の言葉を聞こうとはしてくれない。
「修兵、君っ」
あの日、伸ばせなかった手を伸ばして触れたかった温もりに触れた。
「好、き……」
だから、話を聞いて……?
ギュッと縋り付くみたいに抱き締めて言葉にしたら、目を見開いた修兵君がやっと私を声を聴いてくれた。
荒くなる呼吸を鎮めるように深く息を吐き出して、固まったままの修兵君にキスをした。
「好き」
もう、伝えられないと思っていた。
あんなに後悔した事は無い……。
「修兵君が好き……」
やっと、云えた――…
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