修兵/恋次 | ナノ



  06


今、一番会いたくない人が私を抱き締めている。

包み込む熱も薫りも、私が触れて良いものでは無い。


その近過ぎる距離に目眩がするほど恋しくても……。




まだ傷が治り切っていないんだから、放って置いてくれれば良いのにと思う。

上手く対応も出来る自信なんて無かった。


「どう、っ……」

「…………」


やっとの事で発した、どうしてと言う疑問は解消されないまま、何だか知らないが怒っているみたいな修兵君に睨まれて、思わず口を噤んでしまった。

云いたい事を言えないなんて私らしくない。

ずっと荷物みたいに抱えられたままで、何なんだとだんだん腹も立って来る。


「阿近がごめんね。私は大丈夫だから、降ろして」


そうして暫く放って置いて欲しいと思う、のに


「もう着く」


応えになってないよねぇ!


修兵君、と今度こそ文句を言おうとしたら、舌打ちした修兵君にまた瞬歩で飛ばれた。





「ちょっ……っ 何……」


何処かに着いた、と思った其所は、修兵君の部屋で。
気付いた途端、一気に湧き上がる不快感に、腕から逃れようと暴れても、修兵君はそんな私を物ともせずに寝室まで運ぶと徐に組み敷いた。


月明かりが注すだけの部屋では、修兵君の表情までは窺う事は出来なくて、瞳を見開いたまま、ゆっくりと降りて来る口唇を茫然と受けた。


何で……と真っ先に浮かぶのは疑問ばかりで、とうとう我慢していた涙が溢れ出た。


「何、で……。今更…っ」

「最悪だ……っつって、逃げたのは誰だよっ!!!」



最、悪……



「違う!」


あれは、自分に言った事、で……


「あれはっ……」

「ンな事はもうどうでも良いけどな」

「…………」


私の言葉を遮った修兵君が、真っ直ぐに私を捉えて来た。


「もう、限界。何も言わずに終わるなんて冗談じゃねぇ。俺は、」


ずっと、紗也さんが好きだった――…


黙り込む私に、って、あの日言ったよなって云いながら顔を歪ませた。


い、つ……


「これでも思い出さねぇなら、思い出すまでやるけど?」


突然の事に頭が付いて行かない私を置き去りに、修兵君は私の輪郭をなぞるようにゆっくりと辿り出す。



「俺は、酒弱くなんて無ぇし」



逃さない

と、その瞳が告げていた。


「責任取らせてくれねぇなら、紗也さんが取れよ」

「修兵君……?」

「やっと視界に入って隣に居れたっつーのに、今更誰かにくれてやる気は無ぇよ」


例え、紗也さんが俺を好きじゃなくっても……


「私、はっ……っ」


私、は……。私も修兵君が好きだって伝えたいのに、隙間も無い程に抱き締められて息も出来ない。

好きだと云ってくれるのに、修兵君は私の言葉を聞こうとはしてくれない。


「修兵、君っ」


あの日、伸ばせなかった手を伸ばして触れたかった温もりに触れた。


「好、き……」


だから、話を聞いて……?


ギュッと縋り付くみたいに抱き締めて言葉にしたら、目を見開いた修兵君がやっと私を声を聴いてくれた。

荒くなる呼吸を鎮めるように深く息を吐き出して、固まったままの修兵君にキスをした。


「好き」


もう、伝えられないと思っていた。
あんなに後悔した事は無い……。


「修兵君が好き……」



やっと、云えた――…





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