▼ 03
阿近に邪魔された書類を片付けて、隊長の机に纏めて置いた。
ふ――…と息を吐き出して、胸の傷みには見ない振りをする。
…………。
思い出しただけで痛む此の胸が煩わしかった。
帰らないとと思うのに、此処でこうしてたってどうにもならないのに。
手も、足も、何もかもが云う事を聞かないみたいだ。
お前はそれでいいのかよ
嫌だって言ったら何とかなるって訳じゃないじゃない……。
「阿近の莫迦……」
「誰が莫迦だ」
「……っ」
突然掛けられた声に勢いよく振り向けば、莫迦はお前ぇだ莫迦って言って、扉に凭れて阿近が立っていた。
「……げ」
「女のくせに、げ、とか言うな。モテねぇぞ」
それは今、禁句ですから…
「まだ何か言い足りない事でも?」
こんな事で泣きたくはない。
平気な振りで問い掛ければ、何だかんだ言って面倒見の好い阿近がよしよしと頭を撫でてくれる。
「明日は嵐……」
「お前ぇは一回、飛ばされて来い」
「そうします」
……阿近は優しい。
悪態ばかり吐くくせに、結局、私を腕の中に閉じ込める。
無駄口でも叩いてないと、簡単に決壊しそうだ……。
「泣いていいぞ」
「……厭だ」
「……っとに、可愛く無ぇな」
「……うん」
だから私じゃダメだった。
こればっかりは、しょうがないんだ――…
黙り込んだ私に一つ息を吐いて、呑みに行くぞと阿近が私の手を引いた。
もう、此処から一歩も動けないと思った私を連れ出す、いつもは乱暴なその手が優しくて、泣きたくもないのに涙腺が弛みそうになる。
そんな暇なんてないくらいに忙しいくせに……
「槍が降る……」
「手前ぇ……」
先ずはその減らず口を何とかしろと、小突く阿近の手はやっぱり優しかった。
『溜めてねぇで、話せよ』
私を送り届けた阿近は、最後にそう言って帰って行った。
その後ろ姿を見送って、私は火照る熱を冷まそうとその場にしゃがみ込む。
「話せよって言われても……。言えないよ」
思わず口を吐いた言葉に苦笑した。
頬に掛かる夜風が気持ち好くて目を瞑れば、不意にあの日の熱が沸き上って慌てて振り払った。
のに……
熱は、燻ったままだ。
私は腕の中にいた。
躯が奥底まで痺れるような感覚に支配されて、何だか別のモノみたいに感じた。
小刻みに痙攣を続ける両足も、抑えきれず漏れる声、も。
きっと私は、みっともない顔を曝して居たんだろう。
『…っ……』
狙いすましたように弱い所を掠めて突き上げる動きに声が抑えられない。
噛み締めようとした右腕は、既に絡め取られて弛い拘束の中に在る。
『紗也……』
修兵君が、熱に浮かされたように私の名前を呼んだ。
まるで私を……
好きみたいに――…
prev / next